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2000年7月〜8月分
2000年 8月28日
日本橋劇場菊音会公演に行ってきました。去年公演があったのと同じ場所だそうです。当日は良く晴れて暑かったです。駅を降りると地図を描いて行ったにもかかわらず迷子になってしまいました。交番を見つけたのでおまわりさんに道を聞いてみると反対の方向に歩いていた事が分かり、慌てて会場に入りました。暑い上に小走りで会場に向かったので汗だくでした(笑)会場の雰囲気はこじんまりしていて、大き過ぎずかといって小さ過ぎもせず全体的にウッディな造りで、落ち着いていてとても雰囲気の良い劇場です。
最初に望月太左禄丈がご挨拶をなさって演奏が始まりました。普段は音楽だけを聴くことなど無いし、こんなに近くで演奏者を見ることも無いのでとても迫力があります。鳴物と義太夫の方々の演奏が終わり、一旦休憩になりました。どんな演奏なのかは素人の私には説明がとても難しいので省略させてください。休憩の後、実演、解説となりました。前回講習会を観に行った時は菊音会の方々のみのご出演だったのですが今回は義太夫の方と太左禄丈、進行役として大学の先生(お名前忘れてしまいました。すみません)のお三方が舞台中央に並んで座っていらっしゃり、下手側に各鳴物の楽器が並んでいて、上手側は雛壇になっていました。
長唄と義太夫の違いが説明され、長唄は細三味線で唄う感じですが義太夫は太棹太三味線で、三味線の糸も太く、張ってある皮も厚くてバチの先が尖っていなくて三ミリ位の厚みがあり、語るように唄うのだそうです。昔は、義太夫になるか相撲取りになるかと言われた位体力勝負の職業だそうです。ケンダイ(すみません。字が分かりません)という合引のような尻敷きに座るのですが、力をこめるために砂袋をお腹に入れて語る人もいるそうです。次に黒御簾の中の楽器の説明がされました。だいたい20〜30ぐらいの楽器が使われるそうです。よく使うものとして、幾つか代表的な物が舞台上に並べられていたのですが、大太鼓、ドラ、釣鐘(本釣)、締太鼓、当たり鐘(お祭りなどで使われるそうです)、チャッパ(シンバル。中国的な楽器)、オルゴール(お姫様の登場などに使う)、など各楽器の説明があり、大太鼓で風の音(長バチを使う)、雨の音(雪バイという丸い綿がついているバチを使う)の実演の後、熊谷陣屋の三段目の演奏がありました。その前に説明があり、三段目は重々しく語らなければならないという決まりになっているとのことでした。
途中で釣鐘(本釣)が打たれるのですが、タイミングが難しく、なかなか若手には任せてもらえないのだそうです。演奏の後その釣鐘のタイミングが悪いとどうなるかという普段は絶対聞くことの出来ない実演が行われ、間が悪いと全然しまりの無い演奏になってしまうということが説明されました。(でも、素人の私には良く分かりませんでした(笑))次に義経千本桜の道行の幕開きの忠信の出の所の演奏がありました。これはイッセーヤマオロシ(すみません。字が分かりません)という“テ”で演奏されるそうです。イッセーが鼓のことで、ヤマオロシが大太鼓のことだそうです。使用される楽器は大太鼓、大鼓、小鼓、笛、締太鼓です。これは、全部狐でやらないで、忠信になってやらなければいけないのだそうです。その後忠信の引っ込みの所の演奏をしながら緞帳が下り休憩になりました。
そして菊音会の方々が一列目に並び、義太夫の方々が二段目に並んで「寿シキ三番奏」の演奏がありました。そして最後に太左禄丈がごあいさつをなさって演奏会は終わりました。その後菊音会の皆様が出口の所で並んでお見送りをなさり、観客の一人一人にお礼をおっしゃっていらっしゃいました。普段は歌舞伎座で聞いていても役者さん達に目が行ってしまうことが多くて、こんなに集中的に演奏だけを聞くことは無いのでとても良い経験でした。普段歌舞伎座で座る席は舞台からとても遠い場所なので義太夫は特に何を言っているのか分からない事が多いのですが、今回はすぐ目の前で演奏を聞く事が出来て大迫力だったし、感動しました。会場の雰囲気もとても良かったし、演奏自体は大迫力で緊迫した雰囲気でしたが、終始和やかな雰囲気で進んで楽しかったです。定期的に講習会も講演会もなさる予定とのことなのでまた機会があったら行こうと思いました。
2000年 8月27日
歌舞伎座演劇人祭へ行ってきました。本当はチケット代がちょっと高いのでどうしようかと思っていたのですが、結局行ってしまいました。当日私は大寝坊をして、1時から始まる所を3時過ぎに劇場に着きました。いったいどの程度まで終わっているのか予想がつかず、ほとんど終わってたりして…と思いながら入っていくと場内が真っ暗になっており、真っ赤なドレスを着た方がスポットライトを浴びて踊っていらっしゃいました。この状態で中にはいるわけにも行かずロビーをウロウロしていたのですが、結構たくさんの人がロビーのソファーに座って休んでいたりおしゃべりをなさっていました。しばらくすると終わったらしく人が出てきたので席へ着きました。
私が入ったときは宝塚の方々の歌などは終わっていて、秋田民話をもとにした怪談・面影橋の地蔵という立体朗読劇でした。何が立体なのかと言えば、話の内容をスタンドマイクを使って朗読する方と半分演技をしながらほとんど動かず台本をもってセリフを言う方々と、台本は持たずに動き回って演技をする方がいらっしゃるので、ちょっと動きがついて話の場面が想像しやすい朗読を見たと思ってください。怪談とあるくらいでちょっと怖い話なのですが、これは実際に見ないと分からないと思うので内容は省きます。ただ、歌舞伎座の舞台で女性が演劇をするというのはちょっと変な感じがしました(笑)
つぎは放談ということで、勘九郎丈、渡辺えり子さん、串田和美さん、中根公夫さんによるいろいろなお話が聞けました。けど、ほとんど話していらっしゃったのは勘九郎丈です(笑)それに渡辺えり子さんがいろいろ付け加えたりする程度でした。昨日の四谷怪談の話になり、満杯の会場で「このままずっと舞台に居たいと思うくらい感動した」とおっしゃっていました。確かに昨日の客席はすごい熱気で、舞台と客席が一体となって楽しむぞという雰囲気でした。手拍子が起きたりして勘九郎丈が花道からなかなか引込まなかったりしたのですがそのことも「すごく嬉しかった」とおっしゃっていました。そして11月に浅草に平成中村座という劇場を作り「法界坊」をやることが決定したと話されていました。「あさって記者会見があるんだけどその前に言っちゃう」と言われて場内から拍手が起こりました。定式幕も昔の中村座の色を使うそうです。そして、来年の6月もコクーン歌舞伎が決定したとおっしゃっていました。
その後休憩をはさみ新之助丈の素踊り八島が始まります。これは以前に宮島の厳島神社で踊られたのと同じものです。とても丁寧に踊っていらっしゃいました。優しい表情、キリッとした表情、凛々しい表情、穏やかな表情、と途中でちょっと笑われた時もあったのですが、初めて見るので萩江連中の唄の内容が全然聞こえてこなくて内容はよく分かりませんでしたが、観終わって「ハァ〜…」と一息ついてしまうほど引き込まれてしまいました。次に橋之助丈と福助丈による根元草摺引でした。これはほとんどセリフも無く動きだけで進みます。橋之助丈は黒地に色とりどりの蝶々が刺繍されていて曽我五郎時致のお役です。福助丈は紫色に鶴の刺繍がしてある羽織に下には淡い緑色の地にクリーム色の斜め線でひし形になっていてピンク色の梅の花の刺繍がされています。頭には赤と白の梅の花の飾りがついていて、小林妹舞鶴のお役なので女武道の格好になっています。
橋之助丈は凛々しく力強く踊られ、福助丈は最初は必死に五郎を止める動きをされ、途中からやわらかくやさしく踊られ、最後にはまたキッとした感じで踊っていらっしゃいました。さすがご兄弟だけあって息はピッタリです。先日観た歌舞伎会稚魚の会合同公演の蘇我対面の登場人物だったのできっとあの話の前か後の段なのだろうなと思いながら見ていました。そして最後は猿之助丈、亀治郎丈による連獅子です。亀治郎丈は若さ溢れるという感じでしたが、勘太郎丈のような十代のパワフルな若さではなく二十代の力強い雰囲気がありました。猿之助丈は私にはちょっと元気が無いように見えました。動きに思ったほど迫力が感じられずお疲れなのかな?と思ってしまいました。
途中獅子の精に着替える間段治郎丈と猿弥丈が浄土の僧と法華の僧になって連れ立って歩いている間、どれだけ自分の信仰している宗教がすばらしいかを言い争うという狂言があるのですが、それぞれお祈りの時に使う鐘と太鼓でムキになって大きな音を出して祈っていて、いつの間にかお互いの念仏を入れ違えて唱えてしまったりと微笑ましく楽しい場面がありました。7時頃に全て終了したのですが、もっと早く起きて宝塚の方々も見てみたかったと思いました。
2000年 8月26日
歌舞伎座第二部と三部に行ってきました。さすがに千秋楽と言う事で人がいっぱいです。
それぞれ前回見ていますので内容は省きます。まず、愚図六ですが、今日は千秋楽と言う事もあったのでしょうか、普段には無いアドリブがありました。最初に部屋で博打をしているのですがサイコロを振っている信二郎丈が何度もポロポロ落としてしまっていました。(これはアドリブではなくマジで落とされてます)それを入ってきた勘九郎丈に突っ込まれ、大親分こと坂東吉弥丈が部屋に入ってきて子分が闇討ちにあった話をしている時何度も突然大声で「闇討ちだけはゆるせね〜!!」と叫ぶのですが、昨日見たときも一度大声を出された後信二郎丈が隣の人の後ろに隠れて二度目の大声を小さくなって怖がるという場面で、どういうわけか今日は吉弥丈が大声を出さず静におっしゃっていました。
そうしたら、吉弥丈が「なぜおまえは人の後ろに隠れているんだ?」と突っ込むので当然大声に怯える演技をする予定の信二郎丈は「え〜っ!?」という困った顔をされながらもすごすごともとの位置に戻られ場内爆笑。その後勘九郎丈に「おや、あんた汗かいてるよ」と突っ込まれ、手に持っている手ぬぐいで顔を“チョンチョン”と拭かれていてまた困った顔をされていました(笑)その後出入りの場面で勘九郎丈が息子の信吉こと七之助丈をさがして争いの真っ只中に入って行き、亀吉こと信二郎丈を見つけ、博打の時にくすねた「二分の金を返せ」と言う場面でも「あっ、さいころポロポロ落としていた人だ」と突っ込まれていました(笑)
勘九郎丈と福助丈のやりとりも毎回大笑いでしたのでちょっと書こうと思います。文章でどこまで面白さが伝わるのか分からないのですがまず、親分の家に福助丈が子供を連れてやってきた時、勘九郎丈が「意地があるから帰れない」とついさっき綱太郎こと八十助丈が言ったセリフを引用して言うと、「どこで覚えたんだいそんなセリフ。ちっとも似合わないんだよ」と呆れたり、九年後の六蔵の家に綱太郎が寄った後帰った後の二人の会話も信吉こと七之助丈が綱太郎のところへ行きたいと言うのをどうするかと話している時、六蔵「おまえ、どう思う?」お政「私はいいですよ。おまえさん決めてください」六蔵「いや、ちょっと教えてくれよ」お政「いやですよ。私が口を出すと口出すなーって怒るじゃないですか」六蔵「いや、おまえの気持ちを教えてくれよ〜」お政「いーやーでーす!!」「シ〜ン…」六蔵「強情だね〜」お政(清ました顔で)「あいすいません…」
その後の綱太郎はいいやつだしすごいぞという話になった会話の時も六蔵「あいつはすごいぞ。うん。子分だって二十人は下らねぇ」お政「うちは信吉を入れても5人…」六蔵「家だって11部屋もあらぁ」お政「うちは土間を入れても4部屋…」六蔵「…。いちいち比べなくていい…」お政(清ました顔で)「あいすいません…」 ハハハハ…いくら事実だってねぇ。面白すぎます(笑)本当にお二人のセリフの間の取り方は最高です。
次の紅葉狩ではまたまた福助丈のすばらしさを実感しました。途中まではお姫様としてたおやかな風情だったのに、みんなにお酒を勧めた後、最後に自分が踊っている時ウトウトし始めた歌昇丈や八十助丈、勘九郎丈の様子を確かめる為に少し近づく時の顔は眉毛がつり上がり、目をくわっと開き、口はへの字口となってにらむ感じになります。でも、歌昇丈が気がつきそうになったので舞いながらくくるっと一回りするとまたあっという間にお姫様の表情に変わっていて鬼女の心の動きがすごく伝わってくる舞でした。そして初日も昨日も今日もそうでしたが、七之助丈が踊るのをみんなで見ている時やっぱり勘九郎丈の表情はキビシイ…。初日よりは多少手を広げて拍手をなさっていらっしゃいましたがそんなに怖い顔をなさらなくても…他の方が舞われる時は穏やかな表情なのにぃ〜。芸の道は険しいということなのでしょうか。
そして四谷怪談です。とても人気がある演目なので当然チケットなどは手に入らず、幕見席で通しました。幕見席もたくさんの立ち見の方々で埋め尽くされ、まるで團菊祭の源氏物語のような状態でした。自分が立つ場所を探すのが大変です。そして暑いです!!客席の熱気で4階席はクーラーも効きません。ここに4時間もいるのかと最初はちょっとウンザリしましたが、幕が上がればそんな事を考える暇も無く舞台に引き込まれました。今日も笑う所あり、胸が痛くなることあり、卑劣さに呆れる所あり、乙女心に胸打たれ、乳母の姑息さに苦笑いをし、いろいろな仕掛けを改めてすごいなぁと思いながら観ていました。今回は上演時間の関係でカットされた所があったようですが、始めてみる私は全然気になりませんでした。次に上演されるのが何年後になるのか分かりませんが、また観たいと思います。
2000年 8月25日
歌舞伎座第一部と二部に行ってきました。昨日行く予定だったのですが予定が変わってしまい今日になりました。相変わらず暑いです。そして、歌舞伎座に入ってみると思っていた以上に人が入っていません。どうしてなのでしょう。一二階席はよくわかりませんが、三階席は最前列から3列目ぐらいまでしか人がいなくて、B席も三分の二ぐらいしか埋まっていません。こんなにガラガラの歌舞伎座は久しぶりに見ました。
最初は操三番叟でした。これは能からとってきた演目です。出演者は二人しかいません。操り人形の役の三番叟こと歌昇丈と人形遣いで後見こと信二郎丈です。信二郎丈が舞台上に出てきて挨拶をされると大きな箱が開き、その中に烏帽子をつけた人形の歌昇丈が入っていて取り出します。操りの糸のからまりなどを調べてほぐしています。絡まりが無くなった事を確かめると、人形に天下泰平、国土安穏の祈りを込めて躍らせようとします。
人形の歌昇丈の衣装は黒地に背中から鶴の羽が肩と腕へ広がっていて、裾には松の枝、黄色の足袋を履いて中には金の縁取りがされた赤と白の市松模様の着物を着ていて、袖の振りには梅の花の刺繍がしてあります。人形は人形遣いの動きに合わせて手足や首を動かしているので二人の息がピッタリ合わないと全然面白くなくなってしまいますが、歌昇丈と信二郎丈の息は本当にピッタリ合っていて見えない糸でつながっているようでした。
踊っている最中に糸が絡まってしまい吊れたような動きがあって、しっかりからまってしまいクルクルクル〜〜と回りだします。信二郎丈が慌てて糸をほぐしに来るのですが、ほぐしきれなくてプチッと糸を切って新しく付け替えて一本一本をちゃんとつながって動くのか確かめる時に信二郎丈が手の糸を右左に動かせば(本当はどこにも糸なんかないのに)うつ伏せになっている歌昇丈の手が同じ動きで右左と動くという動作がいくつも続きました。場内からはその動きのピッタリさと可笑しさに絶えず笑いが起きていました。最後の方では鈴と扇を持って踊り、お二人が一緒に見得を切って終わるのですが、歌昇丈は人形なので上げた片足がプランプランしていて最後まで笑いが起きていました。
次は富樫です。これは勧進帳の話の番外編として作られたお話です。話の内容を簡単に書くと、富樫左衛門こと八十助丈には富樫兵衛こと橋之助丈という弟がいる。山伏の姿をしているはずの九郎判官義経を見つけ出す為に関所を設けている。山伏であれば何であれ首を討てとの厳命が出ているため討った首が晒されている。春まだ浅い庭には赤と白の梅の花が咲いている。兵衛には鈴こと福助丈という妻がいる。出会ってから三年が経っていたが最近様子がおかしい。その鈴は実は左衛門の思い人であったがその心を知らず自分の妻としてしまっていた。左衛門は弟の幸せを思って身を引き、鈴にも積極的に説き伏せたことを兵衛は後から知り、この上子供まで設けては兄の心を踏みにじるのではないかと思っていたのだった。
しかし、実は子供ができていた事が分かる。夫の気持ちがわかっていた鈴は言い出せずにいたのだが、隠している事は逆に兄を傷つけると気づき、わだかまりの解けた鈴が出会った夜に吹いていた上を兵衛にせがんで先に休む。兵衛が笛を吹いていると左衛門がもどってくる。兵衛は幼い頃兄左衛門にせがみ荒馬に載せてもらい、振り落とされ足が不自由になってしまい左衛門はそのことにずっと責任を感じていた。兵衛は兄の愛しい人を奪ったゆえに左衛門が未だに独身である事を慮っていた。美しい兄弟愛である。しかし、義経一行の処遇についてはそれぞれ考え方が違っていた。
兄左衛門は義経に哀れを感じ、できれば殺したくないと考えている。弟兵衛は関森を引き受けたからには身を守る為に斬らねばならぬと思っていた。翌日、兵衛は見回りから帰り義経を左衛門が逃がしたと聞いて責める。最初はあれは義経ではなかったと否定していたが、「知って逃した」と明かす。追って討ち取ると意気込む弟に「それではもののふの名が廃る」と一喝するが行ってしまう。左衛門は「責めを感じて腹を切ったと伝えてくれ」と白無垢の死装束となって腹を切ろうとしたところへ兵衛が戻ってくる。密告によって討手がこの館にやって来る気配なので引き返してきたと言い、一族が滅んでしまう恨みを左衛門にぶつける。
「われら郷武士は領民あってのこと、命を延ばしてやった義経がいずれ再び権力の座を狙って国中を戦乱に巻き込んだら、民百姓が命まで失う」と言う兵衛に対し左衛門は「おぬし、死ねるか」と嘲笑う。卑劣な弟と思われたまま別れるのが辛く、ムキになって兵衛は腹を斬る。呆然とし駆け寄る左衛門は「児は父無し…」と告げられ動揺する。兵衛を死なせたくはないが時すでに遅い。討手が近づいたのを知り、左衛門は館に火をかけさせる。富樫の家の終末。兵衛は「生まれ変わっても兄者と一緒だ」と幼い頃の楽しかった兄弟の思い出を語り息絶えるのであった。
いや〜、悲しい話です。兄弟が互いの事を思いやり、仲が良いだけに運命のいたずらによってこんな結果になってしまうとは…。さっき見た踊りが楽しかっただけに余計にずっしりと重く感じました。もし関守を引き受けなかったら、もし弁慶に出会っていなかったら…といろいろ考えてしまいました。鈴こと福助丈と兵衛こと橋之助丈のやりとりはとても微笑ましかったです。そういえば、このお話というのは登場人物のほとんどが相手の事を慮る心の優しい人達です。鈴は夫の心を分かっている為に子供ができた事を言い出せないし、左衛門は弟の足が悪くなった事に責任を感じつづけているし、兵衛は兄の愛しい人を自分の妻にしてしまったことを気にしているし、菊丸こと玉太郎丈は主人の事を思ってわざと義経を逃がしたことを兵衛に教えてしまうし…悲運過ぎますぅ。。。。
最後に茶壷です。これは楽しかったです。舞踊も素晴らしいし、話の内容も単純で気軽に見ることが出来ました。話の内容は、田舎者の麻胡六こと勘九郎丈は酒が大好きで何かにつけて飲んでいる。主人に頼まれて運んでいる茶壷を横に置き、酔って道端に寝込んでしまう。そこへすわっぱすなわちスリの熊鷹太郎こと八十助丈が通りかかり人目が無いのを幸い茶壷の片方の担い縄に手を通し横になる。ふと目覚めた胡麻六が「強盗だ出会え出会え」と叫ぶと熊鷹も同じように叫ぶ。これを聞きつけた目代こと東蔵丈がやってきて事情を聞く。胡麻六も熊鷹も言う事が全く同じで埒があかず、思案の末壺の中の重さを聞くと、今まで田舎者で声高に答えていた胡麻六が目代の耳元でそっと囁き答える。何を言ったのか聞き取れなかった熊鷹の返答はしどろもどろ。とうとう目代に熊鷹がすっぱだと見破られてしまうが隙を見て茶壷をくすねて逃げていくのであった。
これも出演者が少なく、八十助丈と勘九郎丈と東蔵丈だけです。勘九郎丈の田舎っぽさも楽しいし、八十助丈の今聞いて覚えたことを思い出しながら言っているという姿も面白いし、東蔵丈のわけがわからないという顔をしながらあれこれと質問している姿も微笑ましかったです。すごいなと思ったのは、八十助丈と勘九郎丈が一緒にお茶の銘、出所を曲舞で舞う時に八十助丈が半拍遅れて勘九郎丈と同じ踊りをしたり、見えなくて分からない振りをうまく誤魔化しながらなんとか合わせようと出たら目っぽく舞っているのがほんとうにメチャクチャじゃなくて形になっていて、微妙にズレた舞で可笑しくて笑いつつも感動を覚えるほどでした。
それにしても、どうしてこんなに人が少ないのでしょう。富樫はちょっと重い話ですが、操三番叟も茶壷もすごく楽しい演目なのに…。私は都合がつかなくて今日一度しか観る事が出来ませんでしたがもう一度観に来たいくらいでした。三部制の月でなかったらもっと人が入ったのかもしれませんね。第二部は前回も見ましたし、明日も観る予定ですのでそれといっしょに書きたいと思います。愚図六もメチャクチャ笑ったし、紅葉狩はうっとりするやら迫力に圧倒されるやらすばらしかったです。明日も楽しみです。
2000年 8月22日
歌舞伎座第二部と第三部に行ってきました。久しぶりの歌舞伎座です。今月は初日に行って以来全然行っていなかったので20日ぶりの歌舞伎座だったのですが、2時過ぎから10時近くまでいたので久しぶりだった割には居座りつづけた一日でした(笑)東京は最近は涼しかったようなのですが、今日は暑い日でした。思っていたよりも遅く着いてしまったので急いで劇場に入りました。
最初は愚図六でした。これは新作歌舞伎で、勘九郎丈の持ち味に合わせて作られたものです。時代設定は幕末で、東海道の由井、蒲原を縄張りにしている親分の下で働いている愚図の六蔵を軸に世相や親子愛、夫婦愛、友情、義理を織り交ぜて、江戸っ子の気質とは正反対の微笑ましい人生を描いた人情物語です。この話は気楽に観れる楽しい話です。メチャメチャ笑えます。
お話の内容
六蔵こと勘九郎丈は源七親分こと坂東吉弥丈の下で幼馴染の綱太郎こと八十助丈(ちょっと頭が切れて親分肌になれそうな、粋な感じの漂う友達思いのお役です)と一端の渡世人になろうと働いている。しかし、六蔵は喧嘩は嫌い、度胸も無い、蜘蛛も怖い(手だか足だか分からないのが動いてて嫌いなんだよぅ…と情けな〜い声で言ってました(笑))、しかも何かにつけて愚図なので気風と度胸で売り出す稼業には全く不向きだった。親分の家で、(綱太郎は自分が六蔵をこの世界に引き込んだのだが)「故郷に帰って女房子供を喜ばしてやれ」と田舎へ帰そうとする。ところが六蔵は辛抱しろと大見得を切って女房のお政こと福助丈に言って出てきたので、帰るに帰れない。
綱太郎が六蔵に「相撲にはめっぽう強いが、おまえは人を斬る事が出来るのか?喧嘩と相撲は違うんだぜ」と言い聞かせたりそんな話をしている時、黒駒の勝蔵こと橋之助丈(若親分の役なので颯爽としていて、優しさも持ち合わせた、面倒見のよさそうな江戸の男って感じです)が入ってくる。兄弟分の者が代官にはめられたので仕返しに行くと言う。日頃グズグズしている六蔵がすかさず「斬りましょう、おいらも加勢しますぜ〜」と言うが「代官一人切るのに助っ人は要らない」と断られるとあっさり引き下がってしまう。隣にいた綱太郎はなんともばつが悪い。源七親分に呼ばれ勝蔵は奥へ入って行く。
六蔵は綱太郎に勝蔵の子分になりたいのだろうと問うが、綱太郎とは一歳違いなので親分子分ではなく四分六の兄弟分になりたいと意地を示す。表が騒がしくなってきて出入りが始まりそうな気配。源七親分こと吉弥丈が入ってきて、子分が和田島一家に闇討ちにされたので喧嘩を売ったがみんなを巻き込みたくないので発ってくれと草鞋銭を差し出す。(斬られても相手に向かって行くぐらいの大親分の役なので、顔中に斬られた傷があって迫力のある風貌です。でも、話の説明をしている最中にいきなり大声をだしたり、怒っていることを示す為コトバの最後に“カーッカーッカーッ”と喉を鳴らしたりして、大真面目な緊迫した場面なのに超笑えました)周りの者達がそそくさと旅立って行く中、綱太郎は固い決意で助っ人すると申しでる。六蔵は身の振り方を考えている。
皆が奥へ入って行った所へ女房お政こと福助丈が息子の信吉こと岡村研佑君を連れてやってくる。綱太郎が気を利かせて呼んだのだった。五年ぶりの再会なので六蔵はすぐには自分の息子とは気が付かない。「中に入れ」と言う六蔵にお政は「五年ぶりの再会なのにおまえさん何か言う事は無いのかい?」と問われても「早く中に入れ。???すぐに中に入れ??」と相変わらずのオトボケぶりだった。故郷に帰ろうとお政や信吉に説得され、心が揺れ動いている六蔵だったがそこへ出入りに仕度をしにやってきた者に「渡世の義理も地に落ちたもんだ」と女房子供を前に煮え切らない態度について冷たい言葉を吐き捨てられ、親子三人門口を出たが六蔵は「二人で帰ってくれ」と妻子を追い返し、源七に加勢することに決めてしまうのだった。
綱太郎は町人を装って和田島一家を偵察に行っていたが、見破られて逃げていた。そこへ帰りが遅く心配した六蔵が様子を見にやって来る。綱太郎は和田島一家は川をはさんで二手に別れ挟み撃ちにしようとしていることを親分に伝えるように六蔵に言い、自分は追っ手をここで食い止めると立ちはだかる。(伝言を勘九郎丈に言った後八十助丈が「本っ当に分かったかぁ?」と不安そうに言うと勘九郎丈は「だから、二手に〜分かれて〜、挟み撃ちだろ〜?」と子供の伝言みたいな返事をしていて聞いているこっちが「オィオィ…大丈夫なのか??」とツッコミたくなりました(笑)) 綱太郎は追っ手に見つかり、わき腹を斬られてしまう。しかし、六蔵が六尺近い松の丸太を抱えて戻ってきて振り回し、その威勢は凄まじく和田島の連中を蹴散らし綱太郎は命拾いをする。
九年後、綱太郎を助けた一件で六蔵は自信を持ち小さいながらも故郷の庵原で一家を構え、その時の丸太を神棚の下に祀っている。しかし生活は苦しい。人の良い六蔵は子分や尋ねてくる旅人にひもじい思いはさせないように気を配り、自分はメザシ一匹の食事だった。食事の用意をしていたお政こと福助丈のところへ子分の文五郎こと弥十郎丈が「旅人が来たがどうしましょう」と言ってくる。お政が「全部の旅人を世話していたらやっていけないから断っておくれ」と言っているところへ綱太郎が尋ねてくる。六蔵は釣りへ行っていて不在なので、しばらくお政が相手をしている。
綱太郎は子分を20人従え、立派な親分になっていた。甲州の帰りがけに寄ったのだと言う。釣りから六蔵が戻って来て、酒を酌み交わしながら世間話に花を咲かせる。綱太郎は腐りきった幕府を倒し、侍の世を終わらせようとする薩長に見方をするつもりだ。そこへ信吉こと七之助丈が出てきて話に加わる。綱太郎が「オレのところへ来るか?」と言うと、目をキラキラさせて「行きたい!」と言うが六郎は「考えさせてくれ」と断る。綱太郎がが家は全然構わないぞと言っても信吉がどんなに行きたいと言っても六蔵は首を縦に振らない。(八十助丈の言葉に七之助丈が行きたいと切望していると、勘九郎丈は「おまえは黙ってろ」と七之助丈の頭を持っていたうちわで“ペシッ!”と叩いていて、ホントの親子じゃないと出来ないわね〜と思ってしまう一コマでした)綱太郎は「その気になったらいつでもよこしな」と帰って行く。
綱太郎が返った後六蔵はみすぼらしいからと押入れに隠していた食膳を取り出しかきこんでいた。お政が「アンタ、ごはんを食べるのだけは早いねぇ…」と少々呆れるほどあっという間に食べ終わってしまう。綱太郎の話になり六蔵が「あいつは出世した。子分が二十人」と言うとお政は「うちは信吉を入れても五人…」六蔵が「家だって11部屋」と言うとお政は「うちは土間を入れても4部屋…」と淡々と自分の家との違いをブツブツ言いながら諦めたような顔をする。信吉がまた「修行に行きたい」と言いに来ると、六蔵は「2〜3年待て」と説得する。けれど、あくまで食い下がってくる新吉に「言うことを聞けねぇんなら勘当だ!どこへでも行きやがれ!!」と言いながら外へ出て行く。お政に「アンタが家から出て行ってどうするのよ〜!!」と言われるがそのまま去って行ってしまう。
お政は新吉にこんこんと父親の良さやここの暮らしの素晴らしさを説き聞かせるが、信吉は聞き入れない。そこへ子分の一人が逃げたと文五郎が知らせに来る。六蔵が家の周りを一周して帰ってきたと言いながら戻ってくると、「足を洗う気なら二度とこの稼業に戻るな。洗う気がないのなら草鞋銭だと言って渡してやれ」と持っていた財布ごとお金を文五郎に渡してしまう。信吉にも三日に一度は手紙をよこす事を条件に綱太郎の所へ行くことを許し、親子別れの相撲を取った。信吉が力いっぱい向かっていっても六蔵にカンタンに負かされてしまう。まだまだ父親には敵わない程の子供であった…
信吉が綱太郎の所へ行って二ヶ月が経った。約束通り、三日に一度は手紙をよこしているが最近は書くことがないらしく毎回一言「変わりがありません」としか書かれていない。そこへ今日の分の手紙が届く。「色々と忙しく次は三日後には出せない」と書かれており、六蔵は心配していたことが現実になってしまったことに慌てふためく。お政は何のことかが分からず戸惑っているが、六蔵が「今までおまえが心配するといけないから言わなかったが、出入りが始まったに違いない。綱太郎は勝蔵(橋之助丈)と兄弟分になっているので助っ人に行くはずだ。そこへ信吉も同行するから手紙が出せないなんて書いて来たに違いない」と説明する。以前に「子分の多い綱太郎さんが新入りの信吉を連れて行くことはあるまい」と文五郎になだめられていたが心配が現実となってしまい、大慌てで連れ戻す為の仕度をする。(あんまり慌てているので、着る物を取り出す時も雪靴を取り出したり、獅子舞の頭を取り出したりわけの分からないものを次々と手にとってました(笑))一旦は出かけ、お政が「絶対に無事に連れ戻しておくれー!!」と必死に拝んでいるとすぐに戻ってきてしまう。神棚に祀ってある丸太を取りに来たのだ。そして、あちこち丸太を壁や柱にぶつけながらやっと出かけていくのだった。
出入りが始まっているところに信吉の姿もあった。綱太郎は苦戦を強いられ、信吉は左腕に傷を負ってしまう。もしものことがあっては六蔵に顔向けできないと綱太郎は信吉を逃がそうとするが聞き入れない。大勢に取り囲まれあわやという所へ六蔵が現れ、丸太を振り回して敵中に躍り込み綱太郎達を助ける。ムリを行って連れて来てもらった信吉ではあるが父親に傷の手当てをしてもらい、綱太郎に「六蔵と一緒に帰れ」と言われると素直に帰る気になった。二人が帰りかけたその時一発の銃声が響く。六蔵に弾が当たり、倒れ込む。駆け寄る信吉と綱太郎に「おっかさんを大切にするんだぞ」と息も絶え絶えに言う… ここで定式幕が引かれる。
花道に年寄りが現れる。(ここは全然私は見えなかったのでどんな風貌だったのかが分かりませんでした)何十年後のお政こと福助丈の姿であった。その後幕府が倒れ、明治という新しい時代が始まったこと、息子の信吉は見切りをつけてスッパリと足を洗い、まっとうな道を歩んだこと、など新聞記者に答える形で話す。そして最後に「六蔵?あぁ、あの撃たれた弾はただのかすり傷!!死んでなんかいません」と言い残して去って行った。
楽しかったです〜!!文章にしてしまうと表現できないような面白さがたくさん詰まった演目でした。勘九郎丈のあのおマヌケな感じがたまりません!!(笑)そして、福助丈の淡々とした言葉尻の可笑しさは、実際に舞台を見ないと伝わらないのかも…。ちょっと太目の声でしっかり者の女房というお役がすっごくハマッていました。何であんなに冷静に事実を言っているだけの事が可笑しいのかしら…?福助丈って喜劇役者の才能があるとしか思えません!!橋之助丈は四谷怪談での色気のある悪役も素敵だけれど、爽やかで気風のよさそうな若頭役がすっごく似合っていました。吉弥丈は貫禄があるけれど、どっか違うヘンテコリンな迫力が魅力の大親分の役を出番は少ないながら印象的に演じていらっしゃいました。
八十助丈は心も優しく義理も人情も厚く、困ったと思いながらも愚図な六蔵をさり気なくかばい、友情を大切にしている…と魅力いっぱいの“おいしい”お役をとても爽やかに演じていらっしゃいました。弥十郎丈は頭がどれほど切れるわけじゃないけれど、真っ直ぐに生きてきた人の良い子分を茶目っ気たっぷりに演じていらっしゃいました。七之助丈は途中から子役の岡村研佑君と入れ替わって信吉を演じていらっしゃいましたが、研佑君は母親思いで賢く、子供らしく信吉を演じていて、七之助丈は素直だけれど思い込みが強く、世間を知らないだけにムチャも出来るという好青年をキラキラとしたオーラを発しながら演じていらっしゃいました。他にもたくさん魅力的に演じていらっしゃる役者の方々がいらっしゃるのですが、今回は主な話のストーリーに目が行ってしまって文章に書けるほどハッキリとは表せないのでまた観に行ったときにもっとしっかり見てこようと思います。
次は紅葉狩でした。これはセリフはほとんどなくて、踊りが中心となってストーリが進むので表現が難しいのですが、ちょっとずつ思った事を書こうと思います。まず、七之助丈は先程演じていた好青年とは打って変わって腰元のお役で宴の席を盛り上げる為に艶やかに舞っていらっしゃったのですが、勘九郎丈と八十助丈が従者としてそれを見物しているお役で、踊り終わった時に拍手をするのですが、勘九郎丈は見ている間もキビシイ眼つきでご覧になっていて、拍手をする時も「う〜ん…」というようなお顔をなさって小さくチョンチョンとしか拍手をされませんでした(笑)「もっとちゃんと拍手してあげたって経るもんじゃあるまいし…」と思うのは私だけでしょうか?(笑)将軍のお役の歌昇丈は品があって趣のあるお殿様という感じでとても素敵でした。
福助丈は最初はお姫様の役なので、さっきまで太目の声でハッキリ話していたのに高〜い声でホワホワした話し方になっていて、全然別人でした(当り前??)。途中、鬼女の本性を表し始めた時の顔は「オヮッ!こっわ〜い…」という形相になっていて、お姫様の格好をしているのに眉毛はつりあがっちゃってるし、口元はゆがんじゃってるし、近くではとても凝視でしません(笑)勘太郎丈はお酒を飲んで寝入ってしまっている勘九郎丈、八十助丈、歌昇丈に鬼女が襲ってくるからと注意を促し杖を激しく叩いて起こそうとする山神を演じていらっしゃったのですが、あのあふれ出るパワーはいったい何なのでしょう?踊りも素晴らしかったし、四月に観た時も同じような事を思ったのですが思わず惹きつけられてしまうような凄まじいまでのパワーを発散していらっしゃいました。
そして、第三部の四谷怪談です。話の内容は初日を観たときに書いているので省きますが、みなさんそれぞれちょっとずつお役の印象が変わったので、それについて少し書いていこうと思います。まず、橋之助丈は色気のある悪人っぷりが輪をかけて魅力を増した感じでした。初日を観た時も色気があるなぁと思いましたが、あの目で流し目でもされ様ものならそのままフラフラ付いて行ってしまいそうです(笑)キリリとしていて、特に伊藤家から出てきた後のお岩様や宅悦とのやりとりは自分の事しか考えていない自己中な所が強く出ていたと思いました。勘九郎丈は病人度が増していました。声のかれ方も酷くなっていたし、声の張りも弱々しくなっていました。そして、伊右衛門に裏切られたと分かった時の悔しさの表し方の迫力がすごかったです。三階席にいた私の所までもその迫力に圧倒され飲み込まれそうでした。
福助丈は初日の時よりも少し気が強いと言うかハッキリした感じの印象でした。地獄宿で相手が自分の亭主と分かった後、自分の事を詰られていて、ふと亭主が女を買うためにここへ来ている事を思い出し、「アンタこそなぜ女房がいながらここへ来てるの?」と勘九郎丈を“ビシッ!!”と指差す所なんか妙な迫力で笑えます。小山三丈は歩き方がテトテトしているというかヘコヘコしていて、品も全然なくて“いかにも”な雰囲気が可笑しかったです。芝のぶ丈は前よりも夢見がちな感じが強く出ていたし、橋之助丈に思いのたけを打ち明ける時も、どんなに自分が恋焦がれてきたかを切々と訴えていて、前よりも思いが良く伝わってきたと思いました。あと、大詰めになる前に舞台番頭の役で坂東吉弥丈が定式幕の引かれ、舞台の中で場面転換の用意をしている時に七三の所で省略した場面の話などを説明してくださる話をかいつまんで書きます。小道具のお話をされたのですが、お岩様は鼠年だそうで、だから赤ん坊が鼠にさらわれると言うのにつながっているらしいです。
この後の幕で福助丈が出て来るが、今まではお袖さんの役だったがこれからはお花さんの役で出ているので間違えないようにということと、さんかく屋敷の場をやっているとそれでなくても今回は打ち出しが遅いので今日中に終わらなくなってしまうのでご了承くださいということと、帰り道は明るい所ばかりじゃないから、後ろから「コツコツコツ、ヒタヒタヒタ…」ということがないようにお気をつけてお帰りくださいということ、舞台の後の話では、お袖は直助と本当の夫婦となってしまった所へ本物の与茂七が帰ってきたのでどうして良いか分からず死んでしまうこと、そして、お袖は実は直助の実の妹だった事、また、直助が昔奉公していた家の息子が与茂七だった事が分かり、直助は腹を切って死んでしまうという結末の話だという説明がありました。
話の終わりに、「子供の頃年寄りから聞いた話では四谷怪談をやった小屋のどこかにお岩様がお越しになると聞きました。暗くなってまいりました…冷たい風も吹いてきました…お客様がご着席になっているどこかにいらっしゃるかもしれません。どこにいらっしゃいますか?あなたの…う〜し〜ろ〜へ〜…どうぞごゆっくり(ニタ〜ッ)」と舞台袖に引込まれました。もうメチャメチャ面白いです(笑)そして、この後亡霊となったお岩様があちこちから出現するのですが、噂に聞いていたイベントもちゃんとありました。今日は三階席でした。最初「キャ〜!!」という声が聞こえてきたので何があったんだろうと思っていたら“あら、ビックリ!”まだ一度も見た事のない方にはネタバレになってしまうのでこの後は読まないほうが良いと思うのですが、自分で青い光が出るようにした懐中電灯を持ったお岩様が客席の間を練り歩いていらっしゃるではありませんか!!オバケ屋敷のオバケよろしく楽しんでいらっしゃるようです(笑)
しかし、あのお岩様はどなたが演じていらっしゃったのでしょうか?勘太郎丈でしょうか?真っ暗な客席の中を自分の顔に青色の懐中電灯だけ照らしながら歩いていらっしゃったので全然分かりませんでした。印象が似ているので勘太郎丈だったのかもしれません。本当はどなたがやったのか結構気になっているのですが… 舞台全体を通しての印象はやはり初日よりスムーズになっていると思いました。終演時間も9:50に終わりました。それと、初日では笑いが起きた所で全然笑わなかったり、笑いが起きなかった場面が工夫されて面白くなっていたりと細かく変わっていました。吉弥丈も初日の時の方がお話が長かったように思います。今月が終わらないうちにもう一度観に行こうと思っています。
2000年 8月6日
国立劇場小劇場歌舞伎会稚魚の会合同公演へ行ってきました。B班の公演を観てきました。ちょうど開演時間に着いたのですが、既にズラ〜ッとたくさんの人が並んでいて、とても前の方の席に座れなさそうな雰囲気でした。この暑い中みなさん気合入りまくりです(笑)案の定、劇場の中に入ると既にめぼしい席は埋め尽くされていました。どこかポコッと一つぐらい空いていないか見回してみても前の方の席は全然空いていなかったので、変に横の方へ行くよりは(大きくは無い劇場なので)後ろでも真中の席のほうが見やすいと思い探すと後ろから二番目の席の真中が空いていたのでそこへ座りました。小劇場は全席数が千席無い位小さい所なので、一番後ろに座っても舞台がすぐ近くに感じます。花道もとても近く、高さも低いのですぐそこを役者さんが通るという感じです。
最初の演目は寿曽我対面でした。これは、曽我兄弟が親の敵と初めて顔を合わせる時の場面です。場所は鎌倉幕府の重職である工藤左衛門祐経の家です。新春の祝賀が開かれていて、館の主工藤こと市川新次丈が現れる。上手には梶原景時こと曽根敬志丈、藤原景高こと原田大樹丈親子、傾城大磯の虎こと嵐徳江丈、下手には化粧坂の少将こと尾上音三郎丈、小林朝比奈の妹舞鶴こと片岡嶋之丞丈が並んでいる。鎌倉の大名達も集まっている。
みな、富士の御狩場の総奉行まで任されている工藤の栄華にあやかろうと集まっている。それぞれが新年の祝辞を述べ、舞鶴がかねてから会ってくれるように頼んでいた若者二人を工藤の許しを得て呼び出す。現れた若者は曽我十郎祐成こと市川左字郎丈、曽我五郎時致こと澤村國矢丈兄弟である。二人は父を討たれており、義父曽我祐信に育てられていた。短気の弟五郎は「親の敵」と工藤に迫るが兄十郎と舞鶴に止められる。工藤は「憶えは無い」と言い、居並ぶ大名達も嘲る。舞鶴と虎の執成しで工藤と兄弟は杯を酌み交わすことになる。
兄十郎はおとなしく杯を頂くが弟五郎は無念さを隠そうとしない。工藤は兄弟に向かい権勢を誇る自分には向かうなどとはとんでもない、しかも義父に源氏の宝紛失の疑いがかかっている今、それを探し出すことが先だと言うが、そこに宝が見つかったとの知らせが入る。「いざ敵討ち」と意気込む兄弟に工藤は富士の御狩場の総奉行の仕事が終われば討たれてやろうと狩場と通行証を与えるのだった。
新春という設定もあるのでしょうが、華やかな舞台でした。最初にそれぞれ大名がたくさんセリフを言っているのですが、中村富二郎丈や澤村國久丈は声も通るし、大名らしくて素敵でした。原田大樹丈は赤っ面で豪快に演じていらっしゃったと思います。隣に座っていた曽根敬志丈は冷気が漂いそうな演技でした(笑)市川左字郎丈は品が良く、弟の五郎をたしなめる分別のあるお兄さんという感じで演じていらっしゃいました。澤村國矢丈は血気盛んな弟をパワフルに演じていらっしゃいました。片岡嶋之丞丈は舞鶴というかわいらしい名前なのに、勇ましい格好をして若い兄弟を何とか手助けしようとする心優しい女性をキリリと演じていらっしゃいました。嵐徳江丈は傾城をやわらかく演じていらっしゃったと思います。市川新次丈は栄華を謳歌している将軍をどっしりと演じていらっしゃったと思います。
次は団子売でした。舞踊劇なのでセリフは全然無いのですが、純粋に楽しめる演目でした。団子を売る時の仕草や、作ったり仕度をしている時の仕草などが取り入れられていて、団子売の杵造こと嵐橘三郎丈も尾上梅之助丈も軽やかに、ふんわりとした雰囲気で踊っていらっしゃいました。
最後は新皿屋舗月雨暈でした。この通称魚屋宗五郎と言われている演目を通しで観るのは初めてでした。通し狂言というのは筋がわかりやすくて、それぞれの役がなぜこういう行動を取るのかなどが理解できるのでとても良いと思います。ちょっと話が長くなるのでカンタンに内容を書くと、魚屋の宗五郎の妹お蔦が茶屋の主人に見初められ妾となっていたが、家来の策略にはまり無実の罪を着せられ主人に殺されてしまう。その知らせを受けた宗五郎は禁酒の酒を飲んでしまう。温厚な人柄からだんだんと酒乱へと人格が変わり、ついに茶屋へと乗り込むが忠臣の執成しで酔いが醒めるまで…と家来が手討ちにしようとするのを免れる。宗五郎の酔いが醒めると主人が出てきて、忠臣によって家来の策略も知り、お蔦を手討ちにかけたことも深く詫びる。そして、策略をはかった家来も成敗することも約束したのだった。
この演目の見どころはなんと言っても宗五郎こと尾上松辰丈が禁酒を破って酒を飲み、だんだんと人格が変貌する所だと思います。お酒が大好きなんだけど飲むと人が変わってしまうので禁酒をしていたのに、妹が殺された理由の理不尽さに思わず一杯、二杯と飲むうちにだんだんとロレツが回らなくなって遂にはあるお酒を全部飲み干してしまい、衣服も乱れて実直な人柄だったのに無謀なことを言ってみんなが止めるのも聞かずに茶屋へフラフラしながら乗り込んでしまうところは本当に目が離せませんでした。
お蔦こと中村歌松丈は家来に言い寄られたりしても、柔らかい物言いながらも毅然とした態度で断るところなどは本当にきれいで素敵でした。言い寄る方の家来岩上典蔵こと尾上松五郎丈は露骨な物言いも色気があって色悪っぽくて素敵でした。宗五郎の女房おはまこと尾上徳松丈は良い味を出していました。宗五郎の女房としてはちょっとおばあさんっぽいイメージがありましたが、世話物っぽくて「なんだいおまえさん〜は。止しとくれよ」という言葉遣いが江戸のおかみさんらしくてとっても似合っていらっしゃいました。忠臣の浦戸十左衛門こと市川竜之助丈は最初ちょっと軽い感じだな〜と思っていたのですが、最後の幕に出ていらっしゃった時は重厚さがあって最初の登場の時とは別人のような印象で驚きました。
どの演目もとても楽しかったです。歌舞伎座で観るのと違って舞台もとても近いし、花道も低いし劇場全体が話の世界に包まれるような印象でした。これくらい小さい所で見るのって魅力だな〜と思います。入り口のところで役者の方が結構たくさんご挨拶に出ていらっしゃっていたり、とてもアットホームな印象でした。もっと頻繁にこういう公演があれば良いのにと思います。それか、もっと公演期間が長ければ良いのにな〜と思いました。ただ、舞台がちょっと狭いので、役者のみなさんが舞台上に所狭しといらっしゃって窮屈そうでかわいそうかもしれません…(笑)
2000年 8月2日
歌舞伎座三部へ行って来ました。初日だったので一体何時に終わるのか分からなかったのですが、「ちょと延長されるかなぁ〜」なんて期待も半分ありました。それと、何だか自分が舞台に出るわけではないのに妙に緊張してしまいました(笑)初日って役者も観客も初めてづくしだからお互いに手探り状態なところがあって、これから一ヶ月が始まるんだという思いと、いったいどんな舞台を見せてくれるんだろうというワクワクした期待が入り混じって独特の雰囲気が漂っていると思います。
そして、初日だからなのか今月の演目が人気だからなのか大入り満員で客席が埋まっていました。相変わらず三階席は全然涼しくありません(笑)国立劇場は上の方まで結構涼しくて上着が必要ですが、歌舞伎座で観る時はわざわざ上着を持たなくても全然OKです。上着よりも扇子が必要なくらいです。
お話の内容
今は身をやつしているが元は武士である四谷左門こと勘之丞丈には二人の娘がいる。お家騒動の為に生活はとても苦しい。お岩こと勘九郎丈と妹のお袖こと福助丈(う〜ん、やっぱり綺麗だわ)。お袖は生活苦から昼間は楊子店で働いている。そこへ薬売りの直助こと八十助丈が女房になってくれと迫ってくる(八十助丈って意外と悪役がお似合いですよね〜。色気があって素敵です)。しかしお袖は武士の血筋で直助は武士の奉公人だったため「身分が違う」とお袖に突っぱねられる。納得のいかない直助だったが茶屋の女房おまつこと玉之助丈(悪意が有るんだか無いんだか分かんない物言いがおちゃめです)にお袖は夜おもんという名で地獄宿(遊女宿)へつとめに出ていると言われまた夜出直す事にする。
四谷左門が乞食にイチャモンをつけられている所へ民谷伊右衛門こと橋之助丈(流し目が素敵)が通りかかり危うい所を助ける。伊右衛門はお岩の夫であったがお家騒動のさい、御用金を盗んだことを左門が知り、お岩はムリヤリ実家に連れ戻されていた。伊右衛門は助けたことで付け入り復縁を迫るが左門は無視して立ち去る。伊右衛門は証拠を握られていることを恐れ後を追う。そこへ隣屋の伊藤喜兵衛こと坂東弥吉丈(相変わらず渋いです)と孫娘お梅こと芝のぶ丈(イヤ〜ン、かわいいわ)がやってくる。お梅は伊右衛門に恋焦がれている。
お袖には実は許婚がいる。与茂七こと勘九郎丈(二役目)だ。(元の出がしっかりとした所の人という雰囲気です)やはり身をやつしていてお袖を探してやって来ているが中々見つけられないでいた。地獄宿の主人の女房おいろこと小山三丈(これがまた下卑た笑い方をして、生活感がにじみ出ていて笑ってしまいます)からいい女がいると言われ「今夜出向く」と約束した。地獄宿の主人で按摩の宅悦こと弥十郎丈(目が見えるのに按摩の仕事をしていて、根は悪い人じゃないけど目先の利益で動いてしまって、他人に何を言われようがあんまり気にしないタイプって感じ)の家の奥にはすでに直助がいる。夜の勤めにお袖がやってきて奥の一間に入ると直助がいて、女房になればこんなことはさせないと言うが、お袖は今まで許婚がいるからと事情を話して客につとめを許してもらっていた。
しかし、直助にはそんなことは通じず、金で縛ろうとして困っている(あ〜れ〜〜。御無体な…って状態)ところへおいろに案内された与茂七がやって来る。直助から逃れられたお袖は真っ暗な中、相手が誰かもわからず事情を話してつとめを許してもらおうとするうち行燈の灯りでお互いが夫婦と分かる。それぞれに相手を詰り合う(どうして夫がある身でこんな所で働いているのだ
vs 妻がいるのにこんな所で遊ぶなんてひどいわ)が誤解が解ける。その様子を見ていた直助は難儀を助けてやろうと出した金も女も横取りされて騙されたと騒ぎ出す(踏んだり蹴ったりだ〜)がお袖が渡された金を返し事なきを得、お袖と与茂七は提灯を借りて帰っていく。直助は腹の虫が納まらず提灯を目印に二人の後を追う。(オイオイ、しつこいね〜あんたも)
先程一旦お袖と別れた与茂七が夜道をやって来る。ひそかに自分達の主人の敵を討つ為に計略を進めており、その内意を伝える為に密書を鎌倉の仲間に伝える為に乞食の格好をしている仲間から受け取る。人目をくらませる為に与茂七は乞食の格好に着替え、仲間に自分の着物を着せ提灯も渡し二人は分かれる。(誰も知らない所で風貌が入れ替わっちゃっているってことが後の悲劇の誤解の元になるのよね)そこへ伊右衛門が左門を追いかけやって来る。どうしてもお岩を返してもらえず、怒りの為、悪事の口封じの為左門に切りかかる。
一方直助も仕返しのため提灯を頼りに与茂七を切りつけ、面相が割れないように顔を滅多切りにする。(しか〜し斬ったのは与茂七ではなく先程着替えを交換した与茂七の仲間)そこへ逃げ惑う左門を追いかけ伊右衛門がやって来て遂に止めを刺す。旧知の仲の直助と伊右衛門は隣り合って犯した互いの人殺しを明かしあう。その時、父左門を探すお岩と与茂七を追ってやって来たお袖が出会い、二人で何か胸騒ぎがすると言い合っていると、左門と与茂七の着物を着た者が殺されている。動転している二人の所へ何気ない振りをした伊右衛門と直助がやって来てそれぞれに敵を討ってやると言い(わざとらし〜く驚いて、誰に一体殺されたんだ。と、これを口実にそれぞれの思惑通りに)お岩と伊右衛門は元の鞘に納まり、お袖と直助は仮の夫婦となる。
伊右衛門のもとへ戻ったお岩は男の子を出産したが産後の肥立ちが悪く病の床についている。そんなお岩を疎ましく思っている伊右衛門に冷たくされても父の敵を打ってもらいたくてがまんの日々を送っている。(健気で、赤ん坊をすっごく大事にしているのが伝わってきます)宅悦は口入した小仏小平こと勘九郎丈(三役目)が旧主の病気治したさに民谷家に伝わる薬を盗んだ為、小平の代わりにかいがいしくお岩などの世話をしている。(それはそれは細々と気を使ってメチャメチャ良い人です)そこへ隣屋の伊藤喜兵衛の乳母おまきこと芝喜松丈(イイ感じのおばさんの役で気の利く人っていうのが伝わってきます)のがやって来て血の道の妙薬と赤ん坊の小袖を届けてくれる。
過分な親切に礼を言う為に伊右衛門は伊藤家へ出かける。その留守にまたも目眩が起きたお岩は先程もらった血の道の妙薬を飲む。しかし急に熱が出て顔を抑えて苦しみだす。(薬を飲む所が個人的には見どころでした。当然、本当に薬の粉があるわけではないのに飲んでいる様に見えるのが不思議です)一方、伊右衛門は喜兵衛に大金を差し出され、孫娘のお梅と一緒になって欲しいと言われる。(芝のぶ丈がお願いいっしょになって〜!と迫るところなんて、思わず微笑んでしまうほどいじらしさ爆発です。そして、かわいい娘に積極的に迫られている橋之助丈のちょっとタジタジ気味の演技が笑えます)伊右衛門は義理のあるお岩の手前断ると、お梅は自害しようとし、(この時乳母の芝喜松丈が芝のぶ丈に目で合図するので断られるのを分かってたのね〜とツッコミたくなります。結局は半分脅迫みたいな感じです)喜兵衛も実は先程届けた血の道の妙薬というのはウソで面体の変わる毒薬で、醜くなったお岩に愛想尽かしをさせようとしたと言い、自害しようとする。こうまでして説得された伊右衛門は心を動かされ(でも、え〜!?と驚く驚き方が妙にわざとらしくて笑ってしまいました)承知し、すぐに内祝言をあげることにする。
一方お岩は面体がすっかり変わり、見るも醜い顔となっていた。灯りの油を買いに宅悦が出掛けている間に伊右衛門が帰ってきて、醜い顔となってしまったお岩を邪険に扱い、身包みそっくり剥ぎ取って質入に出かける。(夫のムチャクチャナ言い分にもひたすらしたでに出て断るなんて人が良過ぎますぅ〜)道の途中で会った宅悦に「お梅と夫婦となるので、お岩の間男となって逃げてくれ」と頼む。宅悦は気が進まないが、一両を渡されしぶしぶお岩に迫る。しかし拒絶され、(そしてお岩様のコワ〜イ顔をまともに見てしまって近づくに近づけないのよね〜(笑)もう、ヒョェ〜って感じで怖がる姿はひたすら笑えます)面体が変わった経緯を告げ鏡を見せる。
自分の顔が醜く変わったことを知ったお岩は、伊藤家に恨み言を言わねば気が済まぬと身支度を整え始める。(結ってある髪の毛を一旦解いて梳かしている姿はチョ〜コワイです。髪の毛がバサ〜ッと抜けるし、いわゆる足が無いヒュ〜ドロドロのお化けの姿そのものです)なんとか止めようとする宅悦ともみ合いになり、刀が喉に刺さり死んでしまう。恐れおののいて飛び出した宅悦と入れ替わりに質屋から伊右衛門が戻ってくる。すぐに花嫁が家に来る為慌てて散乱した家の中を片付ける。(ここで血まみれ毛まみれの床をトットト掃除して、死んでいるお岩と濡れ衣を着せて殺した小仏小平をさっさと捨てて何気ない顔でお梅を迎えるこの神経の図太さったら伊右衛門の極悪非道さを良く表しています)何も知らずお梅が喜兵衛と共にやって来て床に入る。しかし、伊右衛門がお梅だと思って床へ入るとそこにはお岩がいる。ゾッとして首を跳ねて見るとお梅の首だった。慌てて喜兵衛を呼ぶと出てきたのは先程自分が殺めた小仏小平だったので驚いて首を跳ねると転がった首は喜兵衛だった。
悪いうわさが世間に広まり伊右衛門は身を隠しながら暮らしている。偶然堀で出会ったお梅の乳母おまきと喜兵衛の娘お弓も堀に落とし死なせてしまう。そして、それ以来すっかりお岩の亡霊に夜毎悩まされ続けている伊右衛門は病について床に臥せっている。大勢の講中に集まってもらい百万偏を唱えるが、お岩の亡霊は心配して付き添っている伊右衛門の母にも取り付いて殺してしまう。(勘九郎丈はふわふわ屋根の上をを浮いていたり、壁の中へスゥ〜ッと入っていったり、死んでもなお執念深い恨みがあらゆる方法で表現されていて、怖いというよりかわいそうでした)恐れおののいている所へ伊右衛門の捕手がやって来る。逃げ出そうとする伊右衛門の所へ与茂七と小仏小平の女房お花こと福助丈がやってくる。しゅうとの四谷左門、姉のお岩、夫小仏小平の敵として遂に伊右衛門はこの二人に斬り付けられるのであった。
初日ということもあったのか予定時間よりも10分程遅く終わりました。勘九郎丈は火が点いてパッと割れた提灯から抜け出てきたり、仏壇の中から出てきて人を引っ張りいれたり、ふわふわ浮いていたと思ったら屋根の隙間にス〜ッと入っていったり、どれも失敗したらそれまでの流れがムダになってしまうような演出なので見ている私も上手く行くかどうかドキドキしてしまいました。特に提灯抜けは、パッと火が燃え広がらなかったし、中々消えない状態のままスル〜ッと出てきてしまったので衣装に火がつかないかハラハラしてしまいました。
これだけの舞台で1600円は安いと思います。怖いだけではなくて笑えるところも随所にちりばめられていて、夏の演目にはピッタリだと思います。6時から始まるというのも魅力です。働いている人も、会社帰りに行くことが出来ます。ぜひ一度観に行ってください。個人的には三幕目が終わって定式幕が引かれて、大詰が始まる前に舞台袖から花道へ坂東吉弥丈が出てきて舞台番の鶴吉という役に扮して省いている幕に付いての説明とお岩様についてのことなどをお話してくれる場面があるのですが、これが爆笑してしまうほど楽しいのでお勧めです。たぶん、毎回話す内容がちょっとずつ変わるのではないでしょうか。次に観に行く時も楽しみです。
2000年 7月26日
歌舞伎座夜の部、千秋楽に行って来ました。本当は行ける予定ではなかったのですが、たまたま予定が空いたので夜の部だけでも行こうと思い歌舞伎座へ直行しました。当然当日券などあるわけが無いと思いそのまま幕見席の入り口へ行ってみると全然人が並んでいませんでした。「ヘンだなぁ…」と思っていると若〜い女性が一人いたので「幕見に並んでいるんですか?」と聞くと「そうです」と返事をされたので少しお話をしていると、「さっき別の方が当日券があるからそっちで見るとおっしゃっていましたよ」と教えてくださったので慌ててチケット売り場へ行ってみると、B席の券が売られていました。
今日の今日でどうしてB席なんてあるのだろうと思ったのですが、受付の方が「突然キャンセルが出たんです」とおっしゃっていました。そして席を見てみるとB席の最前列なのです。こんなこともあるんだなぁと思いながらそのまま三階席へ行きました。今回は少し下手よりの席に座りました。初めて座る位置なのでどんな風に見えるのかが楽しみでした。
演目の内容は前回の観劇記に書いてあるので省略します。今回は各幕で目に留まったことを中心に書いていきます。前回までと違って双眼鏡を持参したので一等席の気分で見ることが出来ました。細かい表情まで見ることが出来るのでより深く物語りの世界へ浸ることが出来ました。
発端ではお辰の方こと笑三郎丈の変貌振りがすばらしかったと思います。最初出てきた時は上品な奥方だったのに、門之助丈と亀治郎丈が花道へ引込むと不敵な笑みを浮かべて、それはそれは恐ろしげな高笑いをなさっていらっしゃいました。ニヤリと笑みを浮かべた時なんて、背筋がゾッとするぐらいでした(笑)腹黒さを上手く表現されていたので、門之助丈と亀治郎丈の汚れの無い上品さとの対比がハッキリと印象付けられたと思います。
序幕第一場では和気三左衛門こと猿弥丈が前回見た時よりも心の動きがより複雑に表現されていました。武芸自慢を豪語していたのに猿之助丈にあっさりと負けてしまった悔しさや恥ずかしさを隠し、心の動揺を悟られないように、他の武将に対面を保つ為に、何とかして相手の足元をすくおうともがいている武将を豪快さだけではなくいやみたっぷりに演じていらっしゃったと思います。
序幕第二場では猿弥丈が宿の中の様子をそっと見ている時に下女のお磯こと段之丈が「なんぞ御用でございますか?」といきなり後ろから声を掛けて驚かすという場面で、前回はただ普通に中を覗こうとしている人がいるから軽い調子で声を掛けていて、猿弥丈がビックリして「なんでもない」と言われても不審に思いながらも中へ入って行くという感じだったのですが、今回は最初から不信さが声の調子に出ていて「な〜に覗いてんのよ!」って感じでちょっと強い調子で声を掛けているし、「なんでもない」と言われて中へ入って行く時も唇を前に突き出して「なにさ!や〜な感じの人!フーンだ!!」という調子で中へ入って行かれたのですっごい可笑しかったです。
序幕第三場では猿之助丈が胴助と蚊帳の中で横になっている山辺清兵衛を早替りで演じていらっしゃるのですが、胴助が奥へ入っていってすぐに蚊帳の中から清兵衛が出て来る時に、「バタバタバタ、パタン」と音がしたと思ったら何気ない振りで猿之助丈が蚊帳を上げて出ていらっしゃったので、舞台の裏側で大慌てで着替えて滑り込んで出ていらっしゃったんだなと思いました。でも、全然息も切れていないし、一瞬前まで大急ぎで走っていたなんて全然感じさせないで、今までゆったりと横になっていた雰囲気だったのでさすがだなぁと思いました。
序幕第四場では段四郎丈、笑也丈、寿猿丈、伊藤友寿君、門之助丈、亀治郎丈、猿之助丈が悪人の手から逃れようとする場面なのですが、前回よりも「生き抜くんだ。逃れるんだ。」という強い意思がみなさんからヒシヒシと伝わってきました。
二幕目第一場では悪人達に捕らえられまいと米吉君と歌六丈が立廻りを演じながら米吉君だけが逃れる場面なのですが、本当に米吉君は上手です。セリフもただ言っているのではなくて歌六丈との会話のやり取りが成立しているし、立廻りもただ歌六丈の後ろで動いているだけではなくてちゃんと逃れようとしているように見えます。
二幕目第二場ではいよいよ米吉君、龍之介君、歌六丈、猿之助丈の口上です。龍之介君はさすがに長い公演の疲れが出たのか、ちょっと声に元気が無くてやっとやっと動いていると言う感じでした。口上の最中もおとなしくじっとしているというよりも、「ボクもう疲れちゃって動けない…」という感じでした(笑)本人にとってはこの一ヶ月は相当大変だったのでしょうね。「もう明日からは夏休みだし、ゆっくり休んでご褒美に遊園地にでも連れて行ってもらえるといいね。」と思わず声を掛けたくなってしまいます(笑)そして米吉君の演技力は本当に大人顔負けです。感情もこもっているし、間の取り方も絶妙です。将来が楽しみ!!
三幕目第一場、第二場では右近丈の悪党振りがさらにパワーアップしていました。正確の悪さが顔に出ていました(「本人の」ではなく「役柄の」です。念の為(笑))性悪という言葉がピッタリハマっていて、お天道様の下で堂々と歩くことなんて絶対出来ない人生を送っているのに図太く生きているという雰囲気が全身からにじみ出ていました。
三幕目第三場では笑也丈の色気が前回よりも増していたし、我が子の無事を知った時の「母」の表現により深みが増していたと思います。「滝」も大迫力だったし、猿之助丈の立廻りも迫力がありました。自分の腹を切って血まみれの状態で右近丈を引き戻そうと伸ばす手からは見えない蜘蛛の糸が出ているような感じで、花道から戻ってくる右近丈はその糸に絡まって引っ張り戻されているように見えました。
大詰では千秋楽という独自の緊張感からなのか、みなさんの気迫がすごかったと思います。「悪人どもを討ち取るぞ」という一致団結した思いが舞台中に凛とした空気となって溢れていました。大向こうさん達の掛け声もすごかったです。幕が引かれても大きな拍手は止みませんでした。
そして拍手が続いている中カーテンコールが始まりました。普段の歌舞伎座では考えられないことですが、千秋楽の猿之助歌舞伎ならではのプレゼントではないでしょうか。まず出演者全員で上手、下手、中央と頭を下げられた後、下手、上手の順番で一人一人が舞台の前の方に出られて頭を下げていらっしゃいました。子役の伊藤友寿君が前へ出た時は拍手が大きくなりました。米吉君も上手ですが、友寿君も負けず劣らずすばらしい演技をしていたと思います。そして、歌六丈は前へ出た途端平伏をして頭を下げて感謝の意を表していらっしゃいました。きっとご子息達のこともあったからなのでしょうね(笑)いっそう大きく温かい拍手に包まれていらっしゃいました。
最後に猿之助丈が前へ出てこられた時も大向こうさんからは「澤瀉屋!!」(正しい文字が出ない…)の声が次々と掛かるし、拍手も大音量になるし、観客全員が「すばらしい舞台だった」という思いを込めて拍手していたのではないでしょうか。最後にまた全員で上手、下手、中央と頭を下げられた後に緞帳が下りました。
9時20分ぐらいに歌舞伎座を出てそのまま真っ直ぐ駅へ向かったのですが、みなさん口々に「楽しかったわね〜」「いい舞台だったわね〜」とおっしゃっているのが聞こえてきて、自分が舞台に出ているわけではないのですがすごくうれしかったし、千秋楽に行けてこの感動を出演者、観客全員といっしょに分かち合えた喜びを噛み締めながらの帰宅となりました。
2000年 7月19日・21日
東巡業の板橋区立文化会館・八王子市民会館へ行ってきました。最初は板橋だけでも行ければイイナと思っていたのですが、板橋に行った後に勢いでそのまま八王子にまで行ってしまいました。両日共にとても暑い日だったのですが、知らない場所に行くという緊張感からかそれほど暑さは感じませんでした。(笑)
両日共に客席の年齢層は高かったのですが、中央巡業よりは若い人が若干多かったと思います。そして、両日とも空席が結構合ったのは気になりました。どうしてなのでしょう??特に板橋は後ろの方がガ〜ラガラでとても寂しかったです。その割には両日とも客席の反応が良くて、見ている間は場内が一体となって楽しんだという雰囲気でした。
それぞれの日を別々に書くのは難しいので両方の公演を混ぜながら書いていこうと思います。最初の演目は宮島のだんまりでした。これは「だんまり」というぐらいでほどんどセリフの無い演目ですが、大勢の人達がゆったりした雰囲気で立廻りを演じるという風情豊な舞台です。話のもとは平家方と源氏方の争いなのですが、傾城に化けた浮舟太夫が持っている巻物を奪おうとして源氏方の武将が集まるが、いつの間にか傾城浮舟は盗賊の本性を表し、巻物を奪って悠々と去って行く。という内容です。
最初に大薩摩といって舞台が始まるというファンファーレのような役目の三味線と歌を歌うお二人が出てきて、三味線の方は合引の小さい物の様な台に片足を乗せてお二人とも立った状態でこのお話の始まる前の情景を歌い、そのまま一礼して下がり宮島神社の外壁が二つに割れると、傾城浮舟太夫こと萬次郎丈と源氏方の武将畠山壱重忠こと坂東正之助丈と三保谷四郎こと坂東亀三郎丈のお三方が表れました。
傾城は間夫からの恋文に見入っています。両側にいる源氏方の畠山と三保谷は夜な夜な神社に怪しいものが現れるとの知らせで様子を探りにやってきています。傾城の懐にしまわれた一巻を取り上げようとすると燈籠が消えて辺りが真っ暗になり、暗がりの中清盛こと市川團蔵丈、知盛こと菊之助丈、照姫こと坂東亀寿丈、修行僧の姿をした悪七兵衛景清こと尾上松助丈なども現れ、一巻と紅旗を巡って探りあい絡み合いが始まります。
いつの間にか傾城は一巻と紅旗を持って姿を消し、やがて辺りが明るくなると盗賊の袈裟太郎が現れる、実は傾城浮舟は妖術を使う盗賊だったのです。袈裟太郎は上半身には素網を着込み、下半身は傾城という姿で盗んだ一巻を手に悠々と去って行きました。時間的には20分ぐらいの短い演目ですが、ゆったりとした中にそれぞれの思惑や役柄による所作の違いが良く表れていてじっくりと楽しめる演目でした。
萬次郎丈は六月に美しい腰元役を福助丈と一緒にやっていらっしゃった印象が強いので、今回のように(最初は美しい傾城ですが)妖術を使う悪人を貫禄たっぷりに演じられるのを見ると、ギャップの大きさに戸惑うほどでした。たぶん演技の幅が広いからなのでしょうね。演目の最後に上半身は荒事の動きで、下半身は八文字という傾城の歩き方ではんなりとした雰囲気を出して“傾城六方”という引っ込みで花道もどきから下がって行かれたのですが、魅力あふれる役所だなあと思いました。その他の方々も身分の高い役の方が多かったので立廻りも気品に溢れていたのですが、動きにそれぞれの役所の気質が出ていて楽しかったです。
次は身替座禅でした。これは松羽目物でもとが狂言なので喜劇なのですが、動きとセリフの両方で楽しませる純粋に笑って楽しめる演目でした。話の内容としては、大名の右京が先年東国に下った時に、花子という美女と深い仲になり忘れられずにいる。しかし恐妻家の奥方玉の井が片時もそばを離れない為になかなか合うこともままならない。そこで、最近夢見が悪いので仏詣でに行くと玉の井に言うが、認めてもらえず、腰元の千枝と小枝にも止められしかたなく持仏堂にこもって一夜だけ座禅をすることになる。
右京は使用人の太郎冠者を呼び、自分の代わりに座禅衾をかぶって座禅をするように言う。太郎冠者は主人の右京も山ノ神と呼ぶほど恐い奥方の玉の井を恐れて尻込みするが、右京が刀に手をかけて脅すのでしぶしぶ承諾する。右京が花子の所へ出掛けると玉の井が心配して様子を見に来る。座禅の様子が余りにも窮屈そうなので持仏堂には絶対に来るなという言い付けを無視して腰元達にお茶や菓子を持たせ入ってくる。
右京の代わりに座禅をしていた太郎冠者は何とか誤魔化そうとするが正体がバレてしまい、激怒した玉の井はムリヤリ自分が座禅衾をかぶり夫右京の帰りを待つ。花子のもとで一夜を過ごした右京はゴキゲンで帰ってくる。座禅をしているのが玉の井だとは知らない右京は、一夜の様子をこと細かく話す。果ては玉の井の器量を山猿のようだと言った事まで話してしまいう。語り終え衾を取って見ると太郎冠者ではなく妻の玉の井が怒りの形相で佇んでいる。ビックリ仰天の右京は問い詰める玉の井にあれこれと出任せの言い訳をしながら慌てて逃げていくのでした。
登場人物は5人だけなのですが、とにかく楽しくて笑いの絶えない演目でした。恐妻家の奥方玉の井こと澤村田之助丈は夫のそばを片時も離れたくなくて、純粋に夫だけを愛している嫉妬深いところもあるけれど真っ直ぐな気持ちの女性をかわいらしく愛嬌たっぷりに演じていらっしゃいました。大名右京こと菊五郎丈は奥様に全然頭の上がらない、けれど以前に会った美しくて心やさしい愛人の花子にフラフラ〜っとなびいてしまい、つい浮気心の虫が騒ぐちょっと情けないけど憎めない小心者の殿様を軽快に演じていらっしゃいました。
太郎冠者こと坂東正之助丈は恐〜い奥様にも逆らえないし、主人の右京の気持ちも分かるし、という右往左往する使用人の役をコミカルに心優しく演じていらっしゃいました。侍女千枝こと尾上菊史郎丈と小枝こと尾上菊三呂丈は奥様のかわいらしい気持ちを代弁するかのような愛らしい踊りと仕草で物語に華を添えていらっしゃいました。
随所に笑いがちりばめられた物語なのですが、いくつかご紹介したいと思います。まずは最初は右京こと菊五郎丈が何とか奥様こと田之助丈を言いくるめて花子の所へ行ける手はずになった時、心逸る気持ちを抑えきれないウキウキした状態で太郎冠者こと正之助丈とのやり取りをする場面です。奥様が恐いからと嫌がる太郎冠者を「手打ちにするぞ」とムリヤリ座禅をさせる所なんて、まるで子供が遊園地に行く前にはしゃいで親の言うことなんてちっとも聞かない“キカン坊”のようでした。
太郎冠者に座禅をさせて花子のもとへ向かい花道へ引込む時の嬉しそうな浮かれた様子も思わず誰しもが笑ってしまうのではないでしょうか。八王子会館ではここで大向こうさんから「いってらっしゃい!!」と声が掛かり大笑いでした。残された太郎冠者こと正之助丈の心細そうな顔といったら!!(笑)入って来るなと言われているのに持仏堂に奥様が入ってきた時も、困ったは困ったけれども真実がバレた時の恐ろしさと身のキケンが切実に表現されていました(笑)
右京がほろ酔い機嫌で花子の所からフラフラと千鳥足で帰ってきた時の花道の様子は、花子との幸せな一時を思い出し鼻の下を伸ばしてホケ〜ッとしていて、「思わず思い出し笑いをしてしまうぐらい幸せな一時だったのね」と声を掛けたくなるくらい本当に幸せそうです。お腹いっぱいで「コレで余は満足じゃ」と言うバカ殿状態でした(笑)でも、そんな状態なのに下世話っぽくなくてあくまでも上品さを失わないところはさすがです!!
衾をかぶっているのが奥方とは知らない右京が花子との一夜の様子をそれはそれは楽しそうに話すのですが、その時の奥方の悔しそうな様子は後でどんなカミナリが落ちるのだろうと笑いながらも「ご愁傷様」と手を合わせずにはいられません(笑)そして遂に衾を取ったのが太郎冠者ではなくて奥様だと分かったときの右京の驚いて声も出ない顔と、玉の井の般若のような形相は山ノ神が乗り移ったようでこの演目の最高の見せ場でした(笑)
そして最後は弁天娘女男白浪でした。浜松屋見世先の場と稲瀬川勢揃いの場でいわゆる弁天小僧のお話とその一味が勢揃いする話です。最初の浜松屋の場では若党の四十八と武家の娘に化けた弁天小僧が万引きをしたと問い詰められ、店の者が寄ってたかって打ち叩いた為額にキズを負うが別の店で買ったものだと分かり、二人が賠償金をせしめている間に客の一人の侍が娘が本当は男であると見破る。侍に問い詰められて娘はとうとう男であることを白状し、ふてぶてしい態度で自分の素性を明かし、傷の手当て代を手に店を後にする。
二場目の稲瀬川勢揃いの場では大盗賊駄右衛門一味の五人が桜が満開の稲瀬川の土手に勢揃いして一人ずつ名乗りを上げて捕手達に立ち向かいそれぞれが見得を切って終わります。この場は女形は誰もいないし時間的にもとても短い場面なのですが、独特の華やかさがあってそれぞれの役者の魅力をたっぷりと堪能できます。
最初の浜松屋の場ではたくさんの出演者がいらっしゃいました。番頭こと坂東橘太郎丈は商人らしくシャキシャキとしていて、柔らかい物腰の中にも白黒をハッキリつける責任感のようなものがにじみ出ていらっしゃいました。後に手代達といっしょに自分達の落ち度にうろたえ「いやはやどうしたものか…」と小さくなっている雰囲気は、なんだかかわいそうだけど、ちょっと笑ってしまう感じでした。せがれの宗之助こと坂東亀寿丈は商売屋の御曹司を気品溢れゆったりした雰囲気で演じていらっしゃいました。
主人の幸兵衛こと山崎権一丈は世間の荒波にもまれた器のある主人を重くならずにサラリと演じていらっしゃいました。鳶頭の清次こと尾上菊市郎丈は町の揉め事を一手に引き受けている親分を粋な男として威勢良く演じていらっしゃいました。若党四十八実は盗賊の一味南郷力丸こと尾上松助丈は実は盗賊の一味であるからなのか、武家の娘を「お嬢様、お嬢様」と連呼しているのが妙にわざとらしかったり、へりくだって話しているようでそんな気持ちは微塵も無いのが見え見えだったり、弁天小僧のいい兄貴分という雰囲気で抜け目の無い悪党として演じていらっしゃいました。
武家の娘実は盗賊の一味の弁天小僧こと尾上菊之助丈は最初は武家のお嬢様っぽく(本当のお嬢様らしく演じていらっしゃらない所がミソ)演じていらっしゃったのに、小僧と名前にあるぐらいで、正体がバレた時の啖呵はまだ子供っぽさがにじむけれど「いっぱしの盗賊なんだぜぃ」という“イキがっている”雰囲気があって、若さの魅力あふれる華のある弁天を演じていらっしゃいました。ただ、キセルの先にもっと実感がこもるようになると退廃的な生活感がにじみ出るかなぁとか、松助丈に話し掛ける雰囲気も仕事仲間で仲が良い(仲が良くって仕事も一緒にやっているのではなく)という感じが出ればもっとふてぶてしさが増すような気がしました。(みなさん怒らないで下さいませねm(_
_)m)
侍実は大盗賊日本駄右衛門こと坂東彦三郎丈は人の裏の裏を書くような、腹に一物も二物もある器の大きい盗賊をどっしりと貫禄たっぷりに演じていらっしゃいました。忠信利平こと市川團蔵丈はクセのある盗賊の二番手という感じで腹の据わった悪人を演じていらっしゃいました。赤星十三郎こと市村萬次郎丈はやわらかさを持ち合わせた悪人を凛とした感じで演じていらっしゃいました。
板橋、八王子両日とも大向こうさん達がたくさんいらっしゃって、舞台を大いに盛り上げていらっしゃいました。客席全体の反応はどちらの会場も同じだったのですが、大向こうさんがタイミング良くたくさんの掛け声をかけていたのは八王子だったと思います。弁天小僧が「知らざあ言って聞かせやしょう」とセリフを言う時も「待ってました!!」「五代目!!」と声が掛かり、みなさんが菊之助丈にいかに期待しているかが分かりました。
勢いで八王子まで行ってしまいましたが、どの演目もいろいろな魅力に溢れていて見る度に新しい発見のある舞台でした。帰り道、八王子駅までの長い道のりも苦にならなかったし、両日とも舞台の余韻に浸りながらちょっと浮かれた状態での帰宅でした。音羽屋のみなさんの次の舞台がますます楽しみです。
2000年 7月15日
歌舞伎座昼の部を観てきました。先日行った時はそうでもなかったのですが、今日は“若い”観客が結構多かったような気がしました。土曜日ということもあるし、なんといっても黒塚と四の切があるからなのかもしれません。きっと寒くはならないだろうと思って今日は上着は家に置いてきました(笑)
最初は鎌髭でした。話の内容としては、宿屋へ身をやつしている殿様源氏一家の所へ諸国修行者となった敵の平家の息子がやってくる。修行者の姿ではあるが敵方と見抜いた下男が髭を剃る振りをして鎌で首を跳ねようとするが、不死身のために果たすことが出来ない。源氏一家で囲み戦いますが、一対多数では武門の名折れになると後日戦場での決戦を約束し、幕となる。という単純なお話です。
前半は世話物っぽく進み、後半からは荒事の戦いが勇壮に表現されていました。お殿様やお姫様が身をやつして亭主や使用人として泊り客の世話をかいがいしく焼いて旅館を営んでいる所などは、和やかに俗世っぽく演じられていて、後半の荒々しさとの違いをハッキリとさせる場面だったと思います。
修行者で実は敵方の妙典こと段四郎丈は、最初は人の良い修行僧をさらりと演じていらっしゃいましたが、後半鎌で首を跳ねられそうになった時のふてぶてしさは迫力があって妖気が漂うほどでした。下男の茂作こと右近丈は、迫力もあるけれど、ちょっとコミカルな感じもあってメリハリのある忠臣を演じていらっしゃいました。
宿屋の亭主源満仲こと歌六丈は前半はお殿様の気品を保ちつつ気さくな亭主を演じていらっしゃいましたが、後半は凛々しくキリッとしたお殿様を大らかに演じていらっしゃいました。娘おりは実は美女丸こと亀治郎は前半はかわいらしい娘だったのに、途中で満仲に呼ばれて密書を受け手配に走る時は、いきなり凛々しい男になって娘のカッコをしたまま外股でバタバタと走っていったのでその豹変振りが面白かったです。
そして、猿之助丈お一人での口上がありました。30年間連続の公演が出来たことのお礼と、今回は記念の公演なので一番最初に行った公演と同じ演目で行うこと、宙乗りなどは体力がいるので応援無しには乗り切れないのでいっそうのお引き立てを…というお話でした。どのお話の時もそうですが、宙乗りの話のときは特に観客からの熱い拍手が沸き起こりました。
次に黒塚が始まりました。これも前半のあまり動きの無い静かな舞台から途中の舞踊、一転して激しい怒りが舞台上を包むおどろおどろしい雰囲気へと前半と後半の対比が大きい演目でした。内容としては人里はなれた一軒家に諸国行脚の僧と山伏達が夜更けに宿を頼むと、老婆が出てきて承知する。老婆の糸車に興味を持った僧が所望すると、老婆は糸車を操りながら世を呪い、あさましい姿になった哀れな身の上を話す。
僧が仏戒によって悟りの道に入るなら成仏できると言うと、老婆は喜び客人の為に世寒をしのぐ為の薪を取りに出かける。夜更けに浮かぶ月を眺めながら老婆は僧の言葉を思い出し、歓喜の踊りを踊っている所へ僧達と一緒にいた強力が慌てて駆け込んでくる。先程老婆が出かける時に家の中は絶対に覗かないで欲しいと強く言ったにもかかわらず誘惑に負けた強力が中を覗いてしまい、死骸の山と血の海にビックリして逃げ出してきたのだった。
先程約束したにもかかわらず家の中を覗かれてしまったことを悟った老婆はたちまち鬼女の相となる。人間の裏切りを恨み、法力で鎮めようとする僧と山伏達を喰おうと激しく襲い掛かるが、名僧の法の力によって我に返り、自分のあさましい姿に恥じ入って闇夜に姿を消す。
老女実は鬼女こと猿之助丈はすばらしかったです。最初はほとんど動きの無い演技で自分の哀れな身の上を話す時などは悲痛な面持ちが漂っていたのに、僧に悔い改めれば成仏できると説かれ、薪を拾いに行った時に月と戯れながら踊る時の表情が本当に心から嬉しそうで、私まで「ああ、本当に良かったねぇ。嬉しいよねぇ。」と話し掛けたくなるくらいで、体だけが踊っているのではなく心から嬉しさがこみ上げてきて踊らずに入られないという感じが伝わってきました。
一転して、家の中を覗かれてしまったと気がついてからの形相は恐ろしかった…。怒り、無念、悔しさが綯い交ぜになって、恐ろしさが伝わってきて、ドキドキしてしまいました。強力太郎悟こと段四郎丈はこの演目の仲で唯一滑稽な俗世の人間を演じているのですが、良い味出してました(笑)ダメだと言われれば余計見たくなってしまうのは世の常ですが、僧のいさめを受けながらも目を盗んで覗いてしまう時の子供みたいなウキウキした表情がなんとも言えません(笑)
山伏を演じた亀治郎丈と猿弥丈は凛々しくて、真っ直ぐな心をもった若々しい演技でした。特に亀治郎丈は先程かわいらしい娘役を見たばかりなので余計に落差があって、立役も素敵だわ〜と思いました。名僧こと梅玉丈は気品はあるし、賢者の風格が漂っていました。名僧という雰囲気がピッタリだったと思います。
そしていよいよ義経千本桜です。先日猿之助丈は宙乗り5000千回を達成していらっしゃいましたが、最初に狐の姿で宙乗りを始めたのは昭和四十三年のことだそうです。私が前回猿之助丈の義経千本桜を見たのが平成四年のことで、その時の静御前は玉三郎丈でした。あの時も随分話題になって、席が売り切れてしまって幕見席で通したことを覚えています。
あの時は忠信篇だったのですが、今回見た川連館とは何がどう違うのか良く分かりませんでした。話の内容としては、義経主従は忠臣佐藤忠信に愛人の静御前の守護と法皇から賜った初音の鼓をたくしていたが、吉野山の川連法眼の館にかくまわれている時に忠信がやって来た。ところが静御前の守護のことなど知らないと言う。
不審に思っているところへ静御前と忠信がやって来たと知らせが来る。とりあえず様子を探る為に一同素知らぬ振りをして迎え入れるが、静御前と一緒のはずの忠信が見当たらない。義経は静御前に事の次第を打ち明けると静御前も見当たらなくなった時に鼓を打つといづくともなく必ず忠信が現れることを不思議に思っていたと話す。
静御前が鼓を打ち始めるとやはり忠信が現れる。鼓の音に聞き入っている忠信に静御前が斬りかかり正体を問い詰めると、身の上を語り始める。実は自分は狐で忠信に化けていた。初音の鼓に使われている皮は自分の親で、親孝行をしたいと思い静御前のそばに付き添っていたのだと打ち明ける。しかし、自分がいては本物の忠信に不信が掛かる、と去り難い気持ちを抑えつつも消え去る。
義経は自分も幼くして親を失っていてその悲しみが良く分かるので、静御前にもう一度鼓を打たせ、狐を呼び戻す。大切な品ではあるが、静御前を守護した忠節と厚い孝心を賞でて、初音の鼓を狐に与えると、狐は喜び、闇討ちにしようとしている悪僧達を化かして館に引き入れていたことを話し、神通力でさんざん懲らしめた後いずくともなく飛び去っていった。
猿之助丈は忠信と忠信に化けていた狐を早替りで演じていらっしゃいました。本物の忠信の時の雰囲気と、狐が化けている忠信の雰囲気が本当に全然違います。狐の忠信はどこかしら動きが動物的で、細かい動きがすばやくてフワッとした軽さがあって、声も少し高いような感じでした。
忠信の姿から一瞬にして狐の姿になったり、屋根裏からスル〜ッと降りて出てきた時も全然重さがありませんでした。鼓をもらった時の喜び方も、子供が欲しかった物に夢中になって喜び遊ぶという雰囲気で見ている私もニコニコしてしまうくらいでした。宙乗りで飛び去っていく時の様子も喜びに溢れていました。中に入っていった時に噴出される桜の花びらは、以前見たときからあったのでしょうか?覚えていないのですが、メルヘンに溢れていて良い演出だなぁと思いました。
静御前こと芝翫丈はさすがの貫禄で美しく清らかに演じていらっしゃいました。鼓もご本人が打っていらっしゃって、とてもよく響いていらっしゃいました。義経こと宗十郎丈は気高く、高貴なお殿様を凛々しく演じていらっしゃいました。川連法眼こと寿猿丈も妻飛鳥こと歌江丈も品良く、人柄がしのばれるような素敵な夫婦を演じていらっしゃいました。
欄干渡り(手すりの上をスリ足で進む)もススス〜ッと渡っていていかにも狐っぽかったし、このお話は現実と別世界を同次元で見ることでどの世界にも親を思う気持ちや人情は変わらないんだということを強く印象付けているのだと思います。見ている者を飽きさせない猿之助丈の演出は本当にすばらしいと思ったし、純粋に視覚的にも楽しめる演目だと思いました。
出来ることならもう一度見に行きたいと思っていますが、千秋楽なんて入りきらないぐらいの人出になるのでしょうね。一幕ずつでも楽しめる演目ばかりなので、これこそ歌舞伎を知らない方々にも気軽に来て見て頂きたいと思いました。
2000年 7月13日
歌舞伎座夜の部を観てきました。朝出かける前からかなり暑くて、行くのやめようかと思うくらいでした(笑)一応、もしかしたら歌舞伎座の中は寒いかもしれないと思って上着を持っていったのですが、邪魔なだけでした。三階席は、下の地上と違って天に近いので太陽の熱が良く届きます(笑)
君臣船浪宇和島(きみはふねなみのうわじま)宇和島騒動の通し狂言でした。今回は話の内容を書くと大変なことになってしまうので、印象に残ったことだけを書きます。今月は、猿之助公演連続三十年、猿之助の名跡百三十周年記念公演です。そして、中村歌六丈の二人のご子息の初舞台でもあります。
お兄ちゃまの米吉君は七歳、弟の龍之助君は五歳です。お兄ちゃまきっとすばらしい役者に成長されるであろう予感がするぐらい、しっかりと演じていらっしゃいました。結構セリフもたくさんあって、動きも難しいお役なのでたくさんお稽古されたのではないでしょうか。そして、弟の龍之助君はとにかくかわいらしかったです。舞台度胸はバツグンです(笑)龍之助君が動いたりセリフを言ったりすると他の方がセリフを言おうが演技をしようが観客全員の注目を一身に集めてしまいます。
ご子息の初舞台のご挨拶の為に劇中口上があり、上手から猿之助丈、米吉君、龍之助君、歌六丈の順番で並んで座っていました。最初猿之助丈が口上を述べていたときは、龍之助君もジ〜っと前の方を見たりしていたのですが、だんだん飽きてきたらしく、ひざを手で“テン・テン”と叩いたり、“スリスリ…”と撫でたりと動き出すと客席からクスクスと笑い声が聞こえてくるようになり、歌六丈が口上を述べている時には手で「キラキラ星」の動きを始めてしまい場内大爆笑!!
歌六丈は、口上を述べながら龍之助君の手を自分の手で抑えていましたが、当の龍之助君は「な〜に?」というような顔をしていました(笑)口上の前の登場の時も、「舞台の前の方に出てきて座る」という場面で座ろうとしたら「コロン…」とそのまま後ろに転んでしまうし、口上の挨拶で何度も頭を下げている時も、“ゴンッ!”と頭を床にぶつけたりして場内を爆笑の渦に巻き込み、“おちゃめっぷり”を発揮していました(笑)
お兄ちゃまの米吉君はそんな弟を心配しているらしく、演技中も口上中も始終チラチラ龍之助君を見ていましたが、お父様の歌六丈は心配以上に次に何をするのかハラハラしどうしで冷や汗が止まらなかったのではないのでしょうか。よく「子供と動物には勝てない」と言われますが、正にそんな感じで私としてはとにかく笑いが止まらなくて、楽しい一時だったのですが…(笑)
猿之助丈は四役を早替りで演じられていらっしゃいました。早替りは本当に10秒ぐらいで出てくる時もあって、あんまり早くて「えっ!?もう着替えたの??」と思わず目を疑うくらいでした。清兵衛という役で蚊帳の中に休むために入ったと思ったら、宿屋の胴助という役ですぐに下手から現れて、清兵衛の脱いだ上着を拾いながら蚊帳の中へ話し掛け、後ろを向いてたたんでいる間に蚊帳の中の清兵衛のセリフを言ったりしていました。
迫力満点だったのは、源五郎こと右近丈と胴助こと猿之助丈が、本水の滝の中で立廻りを演じていらっしゃった時です。大量の水がバシャバシャ落ちている中での二人の立廻りは本当にすごかったです。滝の前の水が落ちている所が階段状になっていたのですが、激しい動きだったので一歩間違えばツルッと滑ってとてもキケンです。
猿之助丈も右近丈も刀でお腹を切られるので、それぞれ仕込んであった赤い血のりが“ドバ〜ッ!!”と噴出して真っ赤な水が流れていって、お二人とも体半分ぐらいが真っ赤に染まった状態での立ち回りは命を懸けた壮絶な戦いをリアルに表していたと思います。右近丈は悪知恵の働く小悪党を憎々しげに演じていらっしゃいました。
伊豫之丞こと門之助丈はさわやかに好青年を演じていらっしゃったと思います。苅屋こと亀治郎丈は腰元のお役をかわいらしく素直に演じていらっしゃったと思います。お辰の方こと笑三郎丈は裏のある奥方を意味深に演じていらっしゃいました。初音こと笑也丈は芯のしっかりした奥方をかわいらしく演じていらっしゃいました。おえんこと春猿丈は茶屋の女房をにじみ出る色気たっぷりに演じていらっしゃいました。
主要な登場人物はほとんど死んでしまうお話なのですが、大詰めでほとんど全員が別のお役で出ていて、それぞれが豪華に見得を切って幕切れとなりました。通し狂言を見ると、細かな人物設定が良く分かるのでスンナリ物語の世界に入れて楽しめると思います。義理人情あり、スペクタクルあり、新世代の誕生の瞬間も見れたし、大満足の舞台でした。
2000年 7月9日
国立劇場歌舞伎鑑賞教室へ行ってきました。本当は全然行く予定ではなかったのですが、いろいろ都合があって前日突然行くことが決まりました。昨日は午前中曇っていたせいなのかそれほど暑さは感じなかったのですが、今日は朝から良く晴れて劇場に着くまでに汗だくになってしまいました(笑)
今回も歌舞伎鑑賞教室ということで、先月と同じく最初に歌舞伎の見方の説明がありました。先月は舞台上に誰もいない状態で廻り舞台が動いたりセリが上がったり下がったりしていましたが、今回はセリの一つに中村芳彦丈が乗った状態で動いていました。バックには三日月まで映っていました。
舞台上の装置を一通り説明して、スッポンで実際に入ったり出たりしたのですが、休日ということもあって学生があまりいなかったので、驚くとか感心するという反応がイマイチ無くて、「今日のお客さん、全然反応が無いですねぇ…(苦笑)」などと言って、ちょっとやり難そうでしたが、年配の方が説明するのとは一味違う気楽な感じで進みました。そして、これも前回はなかったことですが、あらかじめ観客の中から舞台上に上がる人を決めてあって、音響効果を体験するコーナーが設けてありました。
三人の方々がそれぞれ大太鼓で川の流れの表現、籠に入った小豆で波の音の表現、貝を擦り合わせてカエルの鳴き声の表現を体験をしました。芳彦丈がそれぞれに面白いツッコミをされるので結構笑えました。とくに貝でカエルの鳴き声を表現した方は、「ゲ・コ…ゲ・コ…ゲ・コ…」という感じで丁寧にやっていらっしゃったので思わず芳彦丈が「今にも死にそうですね(笑)」とおっしゃった時は場内爆笑でした(笑)
その後スライドでこの後の公演内容の説明がありました。簡単なストーリーをナント!マンガで説明しているのです。随分かわいらしい絵に思わず笑ってしまいました。きっと学生向けにいろいろ考えられたのでしょうね。スライドが終わるとそのまま休憩になりました。
一つ目の演目は恋女房染分手綱ー重の井子別れーでした。このお話の中心は母子の情愛の物語です。もとは腰元だった乳母の重の井こと中村時蔵丈は家老の息子伊達与作と愛し合い男の子を出産していましたが、身分違いの恋の為父親が娘の罪を引き受けて切腹し、特別に許され幼い姫君の乳母として召抱えられていましたが、与作は罪を着せられ追放、幼い我が子とも生き別れていました。
まだ幼い姫君が東の入間家へ嫁ぐことが決まり、出発する時になって「東へ行くのはいやじゃ〜!!」と(チョー元気良く)ゴネるので、必死になって重の井と家老の本田弥三左衛門こと嵐橘三郎丈がなだめたり脅したりしますが、「いやじゃ〜!!いやじゃ〜!!」の一点張り、そこへ少年の馬子の三吉こと石川聡彦君が面白い道中双六を持っているという知らせが入り、持って来させます。
三吉が思ってきた双六遊びですっかり機嫌の直った姫は、両親との別れの挨拶のために奥へ引込み、一人残った三吉に重の井が菓子を運んできて「何かあったらこの重の井を尋ねなさい」と言うと、三吉は「おまえが重の井様なら私の母様。これからは親子三人水入らずで暮らして欲しい」と言います。
突然のことに動揺する重の井ですが、乳母である自分に卑しい身分の息子がいると知れては姫君の結婚にキズが付き、まして主君に親子三人の命を助けてもらった恩があるので最初は「親子ではない」と突っぱねますが、幼い我が子の必死の言葉についに抱きしめ、本当のことを打ち明けます。
しかし、親子三人で暮らすわけにもいかないことを詳しく語り説得しますが、幼い三吉に複雑な事情が分かるはずも無く、散々恨み言を言う我が子への愛情と自分の重責との板ばさみに苦しみながらも、胸がつぶれる思いで無理やり三吉を返そうとします。そこへ姫君の出発の仕度が出来た人々がやってきて、門出を祝う馬子唄を唄えと泣いている三吉にムリヤリうたわします。
次第に涙声になる三吉に若侍が「縁起が悪い」としかりますが、涙は止まりません。再会を喜び合うことも出来ず、また別れ別れになってしまう運命に、重の井もただただ必死に自分の泣き顔を隠すばかりでした。
ハァ〜…悲しいですねぇ…。身分階級の厳しかった時代にはこれに似たようなことがたくさんあったのでしょうね。観客もその思いが十分わかるからこの演目が繰り返し上演される人気作となったのでしょうね。
それにしても三吉役の聡彦君はすばらしいです!!セリフもハンパなく大量にあるし、何人もの役者さんとの絡みもあるしちょっとやそっとでは勤まらない大役です!!名子役無くしてこの物語は成立しません!!重の井こと時蔵丈もすばらしかったです。複雑な心中をリアルに演じていらっしゃいました。最初に親子だと分かったときの動揺の表現や、必死に我が子を説得する姿など見入ってしまいました。
楽しかったのは家老の本田弥三左衛門こと嵐橘三郎丈です。真っ白な頭に真っ赤な裃を着けていて、老人であることを表しているのですが、姫君と双六をやっている時、自分が夢中になってしまったり、一人残された三吉が置き忘れた刀で遊んでいる時、取りに来て「返せ」「返さない」とやり取りをしている最中に三吉が「アッカンベー!」とやると、なんとか自分も三吉に対して「アッカンベー!」と言おうとして逆にやり込められてしまったりオトボケぶりが最高でした(笑)
二つ目の演目は雨の五郎でした。これは歌舞伎舞踊です。曽我の五郎時致こと中村信二郎丈が恋人の遊女の所へ会いに行く途中の道すがらのお話です。短い演目なのですが、信二郎丈の魅力がたっぷりと堪能できます。衣装も若々しく印象的で立役としては珍しいくらい色鮮やかです。長唄も華やかに演奏されています。
若々しい感じの中に、色気が漂っていました。キビキビとした動きの中に柔らかさがあって、それこそ江戸時代の人なら「キャーカッコイイ〜!!」と女性達をホネヌキにするぐらいだったのでしょうね。私も思わず見入ってしまっていました。あの色気がタマリません!!(笑)きっと前の方の席で見ていたならもっとゾクゾクするような色気を感じられたと思います。
さすがに2日続けての歌舞伎観劇は大変です。昨日の舞台の印象がまだモワ〜っと頭の中に残っているし、今日の分は今日の分でいろいろ感じ取った物がたくさんあって、自分自身で収拾のつかないことになっていました。今度からは間に何日か置いてから観劇するようにしようと心に決めながら暑い日ざしの中、(そのまま家には帰らず(笑))三越へ寄って欲しかった黒いサンダルを買って帰りました。
2000年 7月8日
北とぴあさくらホールの中央コース十五代目片岡仁左衛門襲名披露公演へ行ってきました。昨日から「台風が関東を直撃する」とさんざんニュースで言っていたので、ちゃんと電車は走るのか?その前に私は駅までたどり着けるのか??と結構心配していたのですが、出かける時は曇ってはいましたが、雨は降っていないし風もほとんどありませんでした。
駅へ向かう時は「運良く曇っているだけなのかなぁ…。傘は絶対要るよね。」と思って傘を持って出たのに、王子駅へ着いてみると空が晴れていました。「オヤ〜??」と思いながら会場へ入って行くと、歌舞伎座の公演とは比べ物にならないぐらい観客の年齢層が高いのです。60〜70代ぐらいの方々ばっかり!!思わず「会場間違えたかな?」なんて公演の看板を確かめてしまいました(笑)
一幕目は羽衣でした。漁師が浜辺の松の木に綺麗な衣がかかっているのを見つけ、持って帰ろうとすると天女がやって来て「返して欲しい」と頼みます。漁師はなかなか返そうとしませんが、嘆き悲しむ天女の様子に同情して「天女の舞を見せることを条件に返す」と言ったものの、「羽衣を渡すとそのまま天に帰ってしまうのではないか」と疑います。
天女が「偽りは人間の世界にはあるが天には無い」と答えると、漁師はすぐに羽衣を天女に返します。羽衣を身につけた天女はしばらくの間舞を優雅に踊っていましたが、いつしか天へ飛び去っていきます。漁師は名残惜しく引き止めたいと思いながら、天へ帰っていく天女をいつまでも見送っているのでした。
天女は愛之助丈、漁師は上村吉弥丈でした。セリフがとても少なく、ほとんど踊りでストーリーが進んでいきます。能の舞台を見ているような感覚でした。話の内容としては羽衣伝説をもとに作っているのでだれても知っているお話だと思います。天女にも一応寿命があるようです。人間界に長く居ると寿命が縮まるらしいです。
天女の衣服が汚れてきたり、頭の花飾りが萎れてくると寿命が尽きてきたという表れなのだそうです。愛之助丈は人間ではない天女を上品にさわやかに演じていらっしゃったと思います。吉弥丈も漁師というと男っぽい印象がありますが全然そんなことは無く、優雅に踊っていらっしゃったと思います。
天女が天へ帰っていくときの演出で、実際には宙乗りがあるわけではないのですが、吉弥丈はだんだん左(下手側)上を向いて演じながら下手側にいらっしゃるし、愛之助丈はだんだん下を向きながら上手側にいらっしゃるので、顔の向きは反対側を見ているのだけれど、地上と空の上という距離感がよく表されていて、実際には隣で踊っているのに凄く遠くに離れている感じがしました。
二幕目は梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)でした。これは、義理人情の話なのですが、梶原平三景時こと仁左衛門丈の捌き役が最大の見所でした。源氏方と平家方の戦乱の時代に密かに再起を狙う源頼朝率いる源氏方へ思いを寄せてはいる物の言葉には出せない心情の表現、本心を明かすくだりなど“名刀”を軸にさまざまな人間模様が繰り広げられます。
幕が開くと鎌倉の鶴岡八幡宮の社頭に平家方の武士達が集まっています。参拝に来た大庭三郎(兄)こと市川左團次丈と弟の俣野五郎こと市川男寅丈なども要る所へ知勇揃った武将として知られる梶原平三景時こと仁左衛門丈が参拝のためにやって来て、大庭兄弟と酒を酌み交わすことになります。弟の俣野は赤っ面で、荒若衆です。少し高い張り上げた声と粗暴な素振りで若いことを表しています。
そこへ青貝師(らでんの細工師)の六郎太夫こと坂東吉弥丈と娘の梢こと片岡秀太郎丈がやって来て、大庭(兄)に名刀を持っているから買ってもらえないかと話を持ちかけます。実はこの親子は源氏方で、源氏再興の為の軍資金を調達する為に家宝の刀を持ってきたのです。大庭はかねてから欲しかった刀なのでさっそく目利きと評判の梶原に刀の鑑定を依頼します。
梶原は兄弟のたっての願いに鑑定を承知し、刀を見てみるとすばらしい名刀なのでぜひ買い求めるように大庭(兄)に勧めます。ところが俣野(弟)は切れ味を試すまでは買ってはならないと止め、人間二人を重ねて切れると言われていることを証明する為に死罪に決まった罪人二人を連れてくることになります。
ところが罪人は一人しかいないと報告があり、大庭(兄)が「試し切りが出来ないのであれば刀は買えない。持ち帰れ。」と言うと六郎太夫は「鑑定書がある」と言い、娘の梢を家に取りに帰らせます。梢がいなくなると六郎太夫は「試し切りの一人として自分を使って欲しい」と申し出、自分の命を犠牲にしても三百両を娘に渡してやりたいと訴え、連れてこられた罪人の呑助こと坂東弥十郎丈とともに横になります。
俣野(弟)が試し切りをしようとすると、今まで黙ってことの成り行きを見ていた梶原が目利きをした自分に一言の断りも無いのはあまりにも無礼だと言葉を荒げ、その剣幕に恐れをなした俣野(弟)から刀を受け取り、試し切りをしようとします。そこへ娘の梢が戻ってきて、ことの次第に嘆き悲しみます。
鋭い音とともに刀が振り落とされると、囚人は真っ二つになったものの(人形の腰がパクッと割れて、思わず場内に笑いが漏れました)下にいた六郎太夫は縛っていた縄が切れているだけでした。試し切りが失敗したことをせせら笑いながら大庭と俣野達は立ち去ります。後に残った六郎太夫と娘の梢は名刀と思っていた刀がなまくら物だった上に三百両が手に入らないことを悲観し、腹を切ろうとします。それを梶原が止め、確かに名刀であり、自分がわざと試し切りを失敗し、六郎太夫の命を助けたのだと伝えます。
梶原は刀は自分が買うと約束し、先程鑑定した時に刀の差し裏に八幡の文字があり、源氏方の人間であると気づいていたことを明かし、二人に素性を話すように諭しますが、六郎太夫は平家方の人間には言えないと拒絶します。梶原は昔、戦乱中に源頼朝出会い、密かに助け逃したことを物語ります。
ここで劇中口上がありました。舞台上にいた梶原こと仁左衛門丈、梢こと秀太郎丈、六郎太夫こと坂東吉弥丈が素の状態に戻り、襲名披露の口上を行いました。今までそれぞれの役を演じていたのに、突然「ここで襲名の口上を…」と始まった時は場内が沸きました。間の取り方が皆さんとても上手なので、披露の口上なのだけれど楽しくて「仲間内のパーティーに呼ばれて知り合いのスピーチを聞いている」というアットホームな雰囲気でした。
口上が終わると、「では、芝居の続きを…」と場内を沸かせた後、スッとみなさん芝居モードへ入られました。
六郎太夫親子は本心を聞いて喜びますが、名刀の証拠が無いのは口惜しいと語ると、梶原は近くにあった石の手水鉢を切って証明しようとします。気合もろとも刀を振り下ろし、見事石の手水鉢は真っ二つ。(この時、六郎太夫と梢を鉢の両端に立たせ、正面向きに石を切って前へ飛び出すとても印象的で派手な演出でした。)梶原は名刀の切れ味に惚れ惚れしながら屋敷に引き上げ、六郎親子も刀の代金を受け取る為、喜びつつ梶原の屋敷へ向かいます。
仁左衛門丈の梶原は、刀を鑑定した時に差し裏に書いてある文字を見つけ驚きますが、みんなに悟られないように平静を装うところや、六郎太夫が自分の命を犠牲にしようとする時もじっと動かずにことの成り行きを見定め、わざと試し切りを失敗するところ、刀のすばらしさを証明するため石の手水鉢を真っ二つに切るところなど見どころいっぱいのお役でした。難しい捌き役ということですが、本心と建て前の心の葛藤などすばらしかったと思います。
男寅丈は粗暴な若い青年を血気盛んに演じていらっしゃいました。左團次丈は兄らしく武士の威厳を持って演じていらっしゃいました。吉弥丈は心に秘めている必死の思い、真っ直ぐな気持ち、庶民的なトボケた感じがよく出ていたと思います。秀太郎丈は町娘をはんなりとした感じで演じていらっしゃいました。弥十郎丈はお酒好きがもとで罪を犯してしまった罪人を情けな〜い感じで演じていて、出番は少なかったですが印象的でした。
三幕目は義経千本桜のすし屋でした。これは六月に歌舞伎座で見た演目です。今回は上方の型で演じられるということで、どのような違いがあるのか楽しみでしたが、予想していた以上に細部にわたっていろいろセットも演出も違ったので驚きました。細かいコトを言うときりが無いので全体の印象だけですが、歌舞伎座で見た時よりも全体的にハッキリした印象を受けましたし、上方の型の方が江戸の型よりも少し庶民的というか写実的な感じがしました。
上演が終わって外へ出てみると、太陽がサンサンと照っていて、一体台風はどこへいってしまったの??という状態でした。せっかく重い思いをして傘を持ち歩いているのに、ムダになりました(笑)最初の予定では、観劇の後にすこし遊ぶ予定だったのですが嵐のせいで前日にキャンセルしていたので、「マッタク、もう!!十分遊べるじゃない!!あの台風はいったい何だったの?!」と思わずつぶやきながら家へ帰ったのでした(笑)
2000年 7月5日
東京国立博物館平成館の国宝平等院展へ行ってきました。今日も蒸し暑かったです。思っていたよりも起きるのが遅くなってしまい、2時半過ぎに家を出ました。3時半に博物館に着きくと、やはり60代から70代ぐらいのおじ様おば様方ばかりがわんさかいるという感じでした(笑) 思っていたほど激コミではありませんでしたが、結構たくさんの方々がいらっしゃっていました。
平等院の鳳凰堂は最近まで修復作業が行われていたようです。本来の鳳凰堂の景観に戻すために回りの池なども全て水を抜いて掘り起こし、作られた当時の土木作業の方法で水の流れ、水辺の様子が復元されました。コンピューターグラフィックスで当時の鳳凰堂の外観と内部の色彩が再現されたパネルもありました。
鳳凰堂は柱、壁面、梁、天井まですべてが極彩色に飾られていました。外観は朱色の赤い建物ですが、内部は赤、黄、青、緑、紫、白などの鉱物質の顔料のほかに、墨、金、銀の有機染料が色彩に用いられていました。古代は色の混色は使わず、寒色の青(紺)と暖色の赤(丹)に緑と紫を組み合わせる「紺丹緑紫」(こんたんりょくし)という配色が基本になっています。
色を縞状に塗り分けて濃淡をつけ立体感を出す「繧繝彩色」(うんげんさいしょく)という技法も駆使されました。パネルを良く見てみると、すべての模様の一つ一つの色にこの技法が使われているようでした。唐草文様、宝相華文(ほうそうげもん)などの装飾文様もインドや中央アジアから西域中国を経て日本にもたらされたものです「最も日本的に見える平安時代の仏堂の中には以外にもシルクロードの彼方の香りが満ちていたことが分かる。と説明されていました。
この外観と内部のパネルは遠くから見ても一目で目に付くぐらい派手でした(笑)当時は今のように色に溢れている時代ではないはずなので、いかに極楽浄土が魅力あふれる憧れの場所という位置付けにされていたのかが窺い知れます。いくつかの柄が組み合わさってパターンとして並んでいるような装飾でしたが、一つの柄の中の一つ一つの色に細かく濃淡がつけられていて、ただ色が派手な印象を受けるだけでなく、見る人をひきつけるような魅力的な柄でした。
鳳凰堂の仲には本尊の阿弥陀如来像があり、その周りの壁の上方に雲中供養菩薩像が52体配置されています。今回は52体の菩薩像がメインに展示されていました。如来像も菩薩像も大仏師定朝(じょうちょう)とその一門が作ったものです。庶民ではなく、平安貴族が信仰していた極楽浄土をこの世に再現するために作ったもので、当時は極楽を信じないなら鳳凰堂へ行けと言われるぐらいのすばらしい建物だったようですが、平等院は貴族が信仰していた場所だったので、貴族が没落すると同時に衰退していったようです。
菩薩像の大きさは片腕の長さぐらいと思ってください。立像も座像もあり、だいたいそのぐらいですが、全部雲の上に乗っているように作られているので、もっと大きく見えます。通常は天井に近い位置にあるので今回のように間近では見ることが出来ません。それぞれに楽器を持っている像、舞っている像、座っている像があり、楽器も琴、鼓、太鼓、琵琶、笙、ハーモニカのような簫(しょう)、ハープのような箜篌、などさまざまなものがありました。
中心にある阿弥陀如来を賛美する菩薩達には頭飾りをつけ、雲を複雑に深く掘り、菩薩の体の柔らかい丸みを浮き立たせ伸びやかになるように工夫されています。材は檜で作られていて、上に漆を塗り、白土で下地を塗って上に金箔を張っていたようです。彫りも、一本木作り、寄木造り、当時完成されたワリハギ作り、などの技法が使われています。ワリハギ作りは寄木造よりも簡単で、小さな材も使え、無駄がありません。木割れを防ぐために材を木目に沿って割り、芯をくりぬいてから再び合わせるということを一体に何度も施してあります。
通常は高い位置に掛けられているので、下から仰ぎ見られることを想定していて、上部まで良く見えるように頭は全体をしっかり彫る丸彫り、上半身は厚く、下半身は徐々に薄く浮き彫りのように掘ってあり、壁に掛けた時に安定するように裏面は平らになっていて、一つか上下二つに丸い金具の輪をつけ、壁に打たれている織れ釘に通しています。
菩薩が乗っている雲の流れの向きは左右ほぼ同じ数あり、中心の阿弥陀像に向かって配置さえていたのではないかと考えられているそうです。肉付きの良い菩薩華奢な菩薩などそれぞれの顔や体つきは違うけれど、全体として統一されている印象を受けます。大仏師の定朝とその一門の統率力結束力のすばらしさが良く表れていると思います。
展示されている物の数は少ないけれど、仏像関係が好きな人は楽しめるのではないでしょうか。鳳凰堂の壁に掛けられている菩薩像をこんなに間近に見られて嬉しかったです。どういう経緯で平等院が復元されていったのかが分かるビデオも上映されているし、国宝の釣鐘も見ることが出来ました。
ただねぇ〜…1200円は高い!!私の印象では、国立の美術館でやっていて、この程度の規模ならば800円ぐらいが妥当だと思いました。まぁ、展示の仕方も上手かったし、これだけの数を一同に持ってくる手間を考えるとこの金額を取りたくなるのかもしれませんね。向かいの展示室でやっていた、平成の寄贈品の展示もいっしょに見られるのかもしれませんが、時間が無くて私は行けませんでした。
この国宝平等院展は、9日までやっています。今週末には終わってしまいますが、時間のある方はごらんになってはいかがでしょうか。帰りに通った西洋美術館でレンブラント展が始まっていたので、近いうちにまた見に来ようと思います。