2000年9月〜10月分




2000年 10月21日
 歌舞伎座昼の部と夜の部に行ってきました。今月は初旬に腰痛が悪化してしまい、全く歌舞伎を見ることもどこかへ出かける事も出来ない一月でした。できれば先週ぐらいには一度見ておきたかったのですが、真っ直ぐ立つ事もままならなかったためおとなしく家で寝ていました。今日はとてもよく晴れていて暑かったです。最近は寒い日が続く事が多かったので、行楽日和でした。昼の部はチケットが無かったので、幕見で通しました。完売だそうです。幕見もどの演目もたくさんの立ち見の方がいらっしゃいました。私も一幕目は立って見ていましたが、運良く目の前の席の方が帰られたのでその後は座ってみる事が出来ました。でも、ほとんどの方が通しで見ていらっしゃるようでした。本当に大人気なんだなぁと思いました。

昼の部

 最初の演目は元禄忠臣蔵でした。お話のことの発端は、江戸城で新年の挨拶のために来た吉良上野介に赤穂城主浅野家のものが切りつけたことが将軍徳川綱吉の怒りを買い、浅野家はお家断絶、一方の吉良は何の咎めも無かったために江戸市中の人々はこの処分に不満を募らせていた。次ぎの将軍と目されている綱吉のたった一人の甥の徳川綱豊こと仁左衛門丈もこの不平等な処分に批判的だったが立場上声高には言えなかった。今日は家中あげてのお浜遊びが催されている。お喜世こと孝太郎丈は綱豊こと仁左衛門丈の寵愛を受けている。(とてもかわいらしくて、初々しい雰囲気です。寵愛を受けるのも分かるな〜と思いました。)名義上の兄富森助右衛門こと段四郎丈からの文を受け取っていたが、上臈の浦尾こと萬次郎丈と局の野村こと歌江丈に持っている文を見せろと責められている。(萬次郎丈も歌江丈もとても意地の悪そうです(笑)きっと綱豊の寵愛を受けていることを妬んでいるのねって感じで、ネチッこく身分の高い人にありがちなイヤ〜な揚げ足とりの会話が展開されます)

 そこへ御祐筆の江島こと宗十郎丈がやってきて窮地を救ってくれる。(心優しく大らかな、いかにも上品な奥様という感じです。相変わらずお痩せになっていらっしゃいますが、先月よりも声にハリがあるようにお見受けしました。)実は、以前お喜世は浅野家に使えており、文には浅野家の再興の件で綱豊の力添えを頼んで欲しいと言って来たことが書いてあった。そのことを江島に話すと、もとより綱豊は浅野家の再興を望んでいると知らされる。そこへ綱豊こと仁左衛門丈がやってくる。(いかにもお殿様という風情で、心優しい雰囲気が伝わってきます。変に人を威嚇するような雰囲気は無く、大きな器の人なんだろうな〜と思いました。)正室は堅苦しく苦手だといいながらお喜世のそばでくつろいでいると、助右衛門が浜遊びの垣間見をしたがっていると聞く。助右衛門は赤穂の浪人であり、今日の催しには吉良上野介来る…赤穂の浪士に仇討の兆しがあると察し、垣間見以上のことはならぬと条件をつけるが快く許す。

 御殿に戻った綱豊は浅野家再興の願いをいかにするべきかと思いあぐね、師である新井勘解由こと我當丈に相談している。(綱豊に“先生”と呼ばれるのですが、凛としていて指導者としてのパワーがあって、それが若々しさを感じさせるような威厳のあるお役です)綱豊が後押しして将軍に願い出れば浅野家の再興はすぐ叶うであろうが、仇討は出来なくなる。後々一番良い方法を思慮深く考えている綱豊を新井は頼もしく感じている。(綱豊の考えを聞いた後、「感服致しました」と平伏すのですが、その様子が本当に嬉しそうで感動して、惚れ惚れとした様子で綱豊を見つめていて、師弟関係の深さが伺えました)

 一方垣間見を許された助右衛門こと段四郎丈は江島こと宗十郎丈の計らいで酒を振舞われたが、番人の小谷甚内こと松之助丈(気の良い気さくな侍という感じで演じていらっしゃいました)に案内されて渡り廊下を通ってくる。(無骨な感じで振舞っているのですが、真っ直ぐな心の持ち主というのが伝わってきます)どこへ連れて行かれるのか、誰に合わされるのか分からない不安そうな助右衛門のところへ江島がやって来て、綱豊の所へ通されると分かる。吉良の顔だけ確認するつもりだった助右衛門は慌てふためくがそのまま連れて行かれる。

 綱豊がお喜世を相手に酒を飲んでいると助右衛門が通される。酒にいささか酔っていると言う助右衛門だが眼中が鋭いと綱豊に指摘されからかわれる。敷居を越せと言われてもガンとして越そうとせず、盃も頂かないという助右衛門をお喜世はハラハラしながら見ているが綱豊は面白がっている。やりとりのなかから仇討の心を汲み取ろうとする綱豊はあれこれと話し、(「俺を見よ。俺の眼を見よ。そち達を信じたいのだ」という言葉を投げかけるのですが、私の心にも響きました)「世は泰平に慣れて侍心地に落ちた時、心ある者はみな、そち達のうごきに深く注意している事を忘れてはならぬぞ」と力ずけ、仇討を望みながらお家再興を願う矛盾を知らせるため放埒を問いただすが助右衛門は「箍(タガ)がありゃこそ桶だが、箍が切れてバラバラになった板切れでは水は汲めない」とシラを切る。情の篭った一言一言に次第に頭が下がるが、敢えて綱豊の遊蕩を将軍家の猜疑心を交わすための方便ではないのかと恐れもなげに必死に問いただす。(普通なら恐れ多くて言いたいことも言えないくらいになってしまうはずなのに、志があるので言えてしまうのでしょうね〜)

 助右衛門の言葉にお喜世は小刀で切りかかろうとするのを綱豊は止め、仮にも大事の企てある者がたやすく明かすはずがないと引き下がり、明日登城した折に浅野家再興を進言してやるが、これが叶えば吉良への仇討は出来なくなるのだと指摘する。そこまで思い至らなかった助右衛門はついに敷居を越え、綱豊の前に手をつき「浅野家再興の儀は…」とお互いに目と目を見交わし、心が通じる。(この場面は、二人のそれぞれに心に秘めた思いを持っているが故の表面上の言葉のやり取りが緊迫していて、引き込まれてしまいました)お浜遊びの客人が吉良以外は揃ったと知らせが入り、もてなしの為綱豊は奥へ入って行く。後に残った助右衛門はお家再興となれば吉良を討てなくなるとあせり、到着した吉良に向かって行こうとするのをお喜世が必死に止め、改めて手引きをして吉良を打たせると誓いその場を治める。

 能舞台の裏手に助右衛門が忍んでくる。もてなしの能が行われており、やがて楽屋から吉良であるはずの後ジテが出て来る。舞台へ向かう後姿に助右衛門は槍を突く。しかし交わされ、やみ雲に突いていると後ジテの面が外れ、現れた顔はなんと綱豊であった。かくあることを察していた綱豊は吉良の首を捧げる事だけが無念を晴らす道ではないと諌め、まことの義人の復讐とは吉良の身に迫るまで汝らの本分を尽くし、至誠を致すことが真に立派な復讐と言い得るのだと言い残し、悠然と能舞台へと向かっていった。(この場面では、綱豊の懐の深さ、思慮深さが際立っていて、本当に感動しました)

 この演目はどのお役の方もハマり役だったと思います。それぞれの役の特徴と、役者の方々の持ち味がうまく混ざり合ってとても見ごたえのある演目でした。

 次ぎの演目は英執着獅子でした。この演目はセリフのない踊りだったのですが、最後の方は所作殺陣になっていてとてもアクティブな演目でした。舞台中央のセリから姫後に獅子の精こと福助丈が登場し、後見である芝のぶ丈と福太郎丈が蝶を羽ばたかせています。福助丈は赤姫の衣装なのですが、両袖の所に金色の結び目を三つつけた房がくっついていています。頭には紫色の布を左に垂らしているのですが、これは病気という事を表しているのでしょうか?蝶と戯れ遊び、両手には扇子を二つ重ね合わせた間に鈴がついていて獅子を表す毛とその上に牡丹の花がついている赤と白の手獅子を持って華やかに舞っていらっしゃるうちに、引き抜きで白い衣装にパッと変わります。この時、後見の芝のぶ丈が留めている糸を引き抜いていらっしゃる時も、着物自体を引き抜くときも全神経を集中して福助丈の動きに合わせていらっしゃるのがすごく伝わってきました。特に引き抜きの時は福助丈も息を合わせようとしていらっしゃって、二人の息がピッタリ合っているからこそ成功するものなんだなぁと感心してしまいました。(なんだか私ったら偉そうですね(^^;;)

 そして、手には透かしの地にピンク色の桜の花が描かれている団扇を持って踊った後、小さなタンバリンに持ち替えて華やかに踊ります。その後また赤色の手獅子に持ち替え、戯れている蝶と共に手獅子に引かれるように花道へと入っていきます。しばらく出囃子の演奏を聞いていると、後ろにあった襖が上がり、赤色の髪に黄色の衣装の獅子の格好で先程手に持っていた手獅子を頭に乗せて福助丈がキリリと登場します。力者に絡まれながらも勇壮に踊り、頭をグルグル振っていらっしゃったのですがこれがまた相当長い時間振り回していらっしゃいました。たぶん1分以上は回していらっしゃったのではないでしょうか。もうグルグルグルグルグル〜〜〜〜〜〜〜!!!って感じでこんなに長い時間回せるものなのかとビックリしてしまいました。あっという間でしたが華やかでとても楽しい演目でした。

 次は与話情浮名横櫛でした。この演目は「しがねぇ恋の情けが仇…」という有名なセリフがあります。私は最初演目の内容が良く分かっていなかったので、もっと荒んだ感じで言うセリフなのかと思っていたのですが、実際は相手を思う愛情の気持ちと今の現実のギャップから言わずにはいられない悔しさや嫉妬が入り混じったちょっと大げさな痴話喧嘩といったイメージでした。伊豆若旦那与三郎こと仁左衛門丈は最初は艶があっていかにもイイトコの若旦那という風情だったのですが、三年後は体中切り傷があって、それがまた色気を増していてイ・イ・オ・ト・コ!!若旦那の時に出かけた木更津の浜で赤間源左衛門妾お富こと玉三郎とすれ違うのですが、その散歩の最中に仁左衛門丈がナント客席へ降りてきて通路を一周して客席に声を掛けながら歩いていらっしゃるのです!!これには客席がどよめきました。私の席からはその様子が全く見えないので細かい所は分からなかったのですが、笑い声やどよめきがあちこちから聞こえてきてすっごくうらやましかったですぅ〜!!

 浜ですれ違う時に仁左衛門丈は呆けた顔で我を忘れている状態なのですが、玉三郎丈は色気を漂わせて仁左衛門丈の方を見ながらわざとらしく「良い………景色だねぇ…」とおっしゃっりながら花道へと入って行かれます。ホントは“男”と言いたいんでしょう!!とツッコミを入れたくなるようなニクイ演出で会場から笑いがこみ上げていました。玉三郎丈は色気はあるし、芸者という役柄もあるのでしょうが粋で遊び心が分かっている、思わず誰もが振り向くようなこちらもイ・イ・オ・ン・ナ!!お二人が目立つようにという事なのでしょうか、他の方の衣装はどの方もとても地味でした(笑)そして、話の内容の割には悪い人は出てきません。弥十郎丈も悪いヤツではあるのですが、どこか憎めない思わず笑ってしまうようなかわいさも持ち合わせたコワッパ的なユスリタカリのごろつきでした。

そして最後はお祭りでした。この演目でも仁左衛門丈も玉三郎丈も“イイオトコ”に“イイオンナ”でいらっしゃいます。先程の話でもお二人は江戸の出身だったので粋な感じだったのですが、こちらの話は今現在江戸に住んでいる二人の神田祭りの中での話なので先程の演目よりももっと色気や艶っぽさが強く出ていると思います。これが見たくてたくさんの方がいらっしゃるのでしょうね〜。昼の部は全席売り切れ日が続出で幕見席も大混雑でした。お二人の動きを目で追っているうちにあっという間に終わってしまいました。目の保養でした(笑)

この後の夜の演目の事はまた後日書きますね。


2000年 9月23日
 歌舞伎座夜の部に行って来ました。よく考えてみたら今月は初日に昼の部を見た後は昼の部を何度か幕見しているだけで、夜の部は今日がMY初日です。見に来よう見に来ようと思ってやっと見ることが出来ました。今月は結局まともに観たのは初日と今日だけということになってしまいました。だからなのでしょうか、それとも私の日頃の行いが悪いからなのでしょうか行きも帰りも土砂降りの雨でした。

 夜の部も超満員です。最初の演目は妹背山婦女庭訓三笠山御殿の場でした。この演目では普段立役の方々が官女をされるので、普段目にする女形の方々との所作の違いがとてもよく分かります。それに、声もドスが聞いていて、上品さや気取った感じも受けないので、意地悪な役なのですが女性特有のネチッコイいじめという印象が無くて大らかな気持ちで観る事が出来ます。

 この演目では、お三輪こと福助丈は酒屋の娘役なのであまり上品過ぎても不似合いだし、素直でスレていないかわいらしさを出すためにあまりがさつでもダメという微妙な仕草が見どころでした。普段は綺麗な仕草しか見ることが無いので、ヘンな動きを観れたのはとても貴重な体験でした。何がどう動くとヘンに見えるのかなぁと思ってみていたら、まず座る時に腰と胸を後ろへ凹まして、ひざの上の手の置き方もバラバラ、手先も開いていて顔もうつむき加減だったり、お酒を注ぐための柄杓を持つときも、普通は指先でフワリと持つのに幼稚園児が持つようにガシッと握る感じで持っていて、目線もキョロキョロしていて一つ一つはちょっとした小さな動作なのに全部が合わさるととてもヘンテコリンな動きになります。そのヘンテコリンな動きが求女に会いたい一身さをより強調していると思いました。

 鳥帽子折求女実は藤原淡海こと梅玉丈は若々しく、出演時間はあっという間なのですが上品さが際立っていたと思います。それよりもあっという間なのは豆腐買おむらこと勘九郎丈です。舞台上手から現れて福助丈と少し話をしただけで花道へと引込んでしまいます。ホンの数分だけなのですが気さくな官女を大らかに演じていらっしゃいました。そして最後の方に鱶七実は金輪五郎今国こと吉右衛門丈が出演されるのですが、吉右衛門丈が出演されると今までの雰囲気とはガラリと変わってとても重厚な雰囲気になります。最初はドテラを着て出ていらっしゃってすぐに福助丈を有無を言わさず刺すので「おやっ?なんであんな格好をしているんだろう?」と思いましたが、なぜ刺したのかを含めて身分を明かす時にドテラを脱いで金ピカの服になり、実は自分は淡海の家臣で福助丈は無駄死にではなく敵を倒す為に生き血が必要だったことを明かします。身分を明かすとすぐに力者に襲われ結構長い時間立廻りをされますが、血気盛んな武将を劇的に演じていらっしゃいました。

 次は菊晴勢若駒です。これは児太郎丈、国生丈、宗生丈の舞踊がたっぷりと堪能できる演目です。おじい様である芝翫丈、お父様の福助丈、橋之助丈、おじ様の勘九郎丈、従兄弟の七之助丈がそれぞれちょっとずつ舞われ、駒で遊ぶ子供達とそれを見守る大人達というとても和やかな雰囲気の舞台でした。児太郎丈、国生丈はとても上手にしっかりと舞われていらっしゃいました。宗生丈が首をグルリと回して見得をされると客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こりました(笑)お三方共とてもかわいらしく、いつまでも観ていたい気になりました。芝翫丈、勘九郎丈、七之助丈を舞台上に残し、お子様方と橋之助丈、福助丈は花道へと引込むのですが、七三の所で少し動きがあって(私の所からは見えないのでどんなようすなのかはよくわからないのですが)その様子を見ていらっしゃる芝翫丈の表情ががとても穏やかでおじいちゃまのお顔になっていらっしゃいました。勘九郎丈などは千秋楽ということもあったのでしょうが、素の状態でにこやかに笑ってみていらっしゃいました。

 次の二人椀久は別世界を見ているような気がしました。これが“芸の力”なのかと痛感させられるような素晴らしい舞台でした。セリフの全く無い舞台なのですが、一時たりとも舞台から目が離せない、何かの力に吸い込まれているような時間の感覚がなくなってしまうような夢のような一時でした。幕見でも観に行ったのですが、席で観た時は下手に座っていたので雀右衛門丈が登場してからしばらくはセットの陰になってしまってお顔が全然見えなかったのでわからなかったのですが、幕見で上手側から観た時はバッチリ顔が観えたのでよりいっそう演目の世界観が理解できました。

 話の内容としては、豪商の椀屋久兵衛こと富十郎丈は傾城の松山太夫こと雀右衛門丈に入れ揚げてしまい、目を覚まさせる為に家のものから座敷朗に閉じ込められたことが逆効果となって心を失い、松山恋しさのあまり気が狂いいつの間にか家を抜け出してさ迷い歩いています。松の大木がある浜辺をフラフラとさまよっていると松山こと雀右衛門丈が現れます。この松山は椀久の幻なので現実の人間ではありません。登場した雀右衛門丈はどこかこの世のものとは思えないような怪しい雰囲気が漂っています。動きもどこか浮遊していて、“おぼろげに見えてきたまぼろしが歩いている”としか思えません!!そしてだんだん椀久に近づいてくると徐々に人間さを増していきます。二人で楽しかった頃の芸者遊びや仲むつまじくしている様子を舞踊で表現されているところなどは、セリフは何も無いのに勝手に頭の中で二人の会話が流れてきます。もう不思議です〜〜!!そして楽しい様子の二人だったのに雀右衛門丈だけがフワリとまた幻のように動き、す〜〜っとセリで下がって行かれ、ハッと我に帰る富十郎丈の悲痛な面持ちは本当に心に響きました。

 最後は魚屋宗五郎です。これは、八月に稚魚の会歌舞伎会合同公演で観たものなので内容は省きます。宗五郎こと勘九郎丈はとにかく楽しかったです。酔ってからの動きがとにかく楽しくて、常に笑いの絶えない舞台でした。福助丈のおはまは八月の愚図六の女房に引き続き、まともに動いているのになぜかとても可笑しくてハマッていらっしゃいました。何がどう面白いのかは実際に舞台を見ていただくのが一番だと思うのですっっっっごく短いのですがこの演目についてはこの辺で…

 書いて良いのかどうかちょっと迷ったのですが、別に大した事ではないかも…と思ったので書きますね。幕見で見に行った後、近くの喫茶店に行ったのですが、私達が入ったすぐ後に児太郎丈が50代ぐらいの女性と一緒に入っていらっしゃいました。舞台では一番上のお兄ちゃまだったのでとてもしっかりとして見えたのですが、普段はやっぱり普通の小学生ですね。私達の他にお客さんは誰もいなかったということもあったと思うのですが、何度か眼があったりするととても恥ずかしそうに机の下に隠れてしまったり、メニューで顔を隠すようにこちらを見ていたりとかわいらしい仕草をされるのでだんだん目が離せなくなってしまいました(笑)結局話し掛けて、サインをしていただきました。いっしょにいた女性の方が「初めてのサインだわね」とおっしゃっていたので貴重な品物を手に入れたなぁ…と後で冷静になってから気がつきました。

 歌舞伎座の近くのお店には役者の皆さんが出没していらっしゃるとは聞いていたのですが、実際にこんな事があるととても不思議な気持ちになります。さっきまで舞台の上で演じられている方を観客として見ていたのに、目の前にいて会話を交わしているなんて… 歌舞伎役者の方々は気さくな方が多いのでみなさん気さくに応じてくださるらしいのですが、こんなところも歌舞伎の世界ならではのことなのでしょうね。
(この日の文章は10月22日に書いておりますので結構忘れてしまった所も多いです。ご了承くださいませ。)


2000年 9月1日
 歌舞伎座昼の部に行ってきました。今日は初日です。一世一代の舞台あり、初舞台ありと見どころがいっぱいです。だからなのかどうか分かりませんが大入りでした。暑い日が続いていますが、最近三階席のあたりもだいぶ涼しくなりました。外の気温は相変わらず30度ぐらいですが、空調設備が良くなったのかクーラーの涼しい風が来ます。

 最初の演目は鬼ノ法眼三略巻ー菊畑ーでした。話の内容としては再興を狙う源氏方と平家方の話が元になっているのですが、もともと源氏方の兄弟吉岡鬼一法眼こと羽左衛門丈と奴智恵内実は御廐鬼三太こと橋之助丈と鬼三太の主君である奴虎蔵実は源牛若丸こと梅玉丈が表面上は何食わぬ顔をしてそれぞれの本心を探るという話です。鬼一は源氏方だったのに今は平家方についています。鬼三太は主君の身分を隠しつつ兄の本心を探るために鬼一の秘蔵の虎の巻を手に入れようとしています。鬼一には皆鶴姫こと福助丈という娘がいます。皆鶴姫は虎蔵実は牛若丸に思いを寄せています。そこへ鬼一の弟子笠原湛海こと彦三郎丈などが皆鶴姫へ横恋慕をし姫と吉岡の家督とを手に入れようと目論んでいたりと、秋、菊の花が満開な鬼一の館の庭でそれぞれの思いが交錯します。

 登場人物も少ないし比較的短い演目なのですが、それぞれに心の内を隠し表面上の立場から相手の動きを探るというとても難しい役どころの登場人物ばかりです。羽左衛門丈は威厳もあって世の中の動きを良く見ているし、どうしたら一番良いのかの判断力も素晴らしいというような鬼一の役を大きな心で演じていらっしゃってピッタリハマッていらっしゃいました。橋之助丈は自分と主君の身分を隠しながらもどうにか源氏の再興を成し遂げようとする鬼三太を凛々しく粋な感じで演じていらっしゃいました。梅玉丈は十六歳の成年という役だったのですが不思議と常に一緒にいる橋之助丈よりも若く見えました。あんなに“いい歳をしたおじさん”といったら失礼かもしれませんが、実際には橋之助丈の倍位のお歳でいらっしゃるはずなのにどうして少年に見えたのでしょうか。目の動かし方や体の動きが若々しく、肌のたるみさえなければ(これも失礼ですが…)本当に少年にしか見えません。これが芸の力なのでしょうね。福助丈は出番は少なかったのですが、いかにもお姫様という感じでかわいらしくしかも積極的に牛若丸に迫るという役を細やかに演じていらっしゃいました。

 次ぎの演目は時今也桔梗旗揚でした。これは、織田信長に反旗を翻した明智光秀の話を元にしていて、なぜ反旗を翻す事になったのかという経緯の話です。内容としては重いです。武智日向守光秀こと吉右衛門丈は主君に絶対服従して心を配りあれこれとするのに全部裏目に出てどういうわけか疎まれています。この演目は、本能寺にいる春永に呼び出された光秀が馬を洗う盥(タライ)で酒を飲まされことに始まり、所領を奪われ、所棒していた刀を他人に与えられ、さらに昔貧しかった頃客をもてなす為に妻の皐月が自髪を切って売った物まで取り出して満座の中で辱められ耐えに耐えますが、屈辱的な仕打ちについに謀反を決意するまでを描いています。

 主君の小田上総介春永こと富十郎丈は短気で自分勝手なところのある役を豪快に演じていらっしゃいました。光秀こと吉右衛門丈は常に主君の仕打ちにじっと耐えに耐えるかわいそうな役ですが、しおらしく主君に忠節を尽くしていても常に堂々としていて自分を全然卑下していない態度で、これだったら誰もが反旗を翻したくなるだろうと納得させられてしまうような力強さのある武士として演じていらっしゃったと思います。光秀の妹桔梗こと松江丈は常に兄を思いやる心優しい妹役で、兄が屈辱的な仕打ちを受けている時の心が傷ついたような悲しげな表情は、こちらが感情移入してしまうくらい引き付けられるものがありました。光秀妻皐月こと宗十郎丈はとてもお痩せになっていて、大丈夫なのかなぁと心配してしまうくらいちょっと弱々しい感じがしました。早く元気になっていただきたいです。

 最後の演目は京鹿子娘道成寺でした。一世一代ということで、これを逃してしまうともう二度と観る事が出来ません。だからなのか、観客のボルテージが一気に上がったような気がしました。この演目にはたくさんの所化(僧のこと)達が登場します。中村屋に縁のある方々がズラ〜ッと30人近く舞台上に登場されます。ハッキリ言ってこの所化はセリフもほとんど無いし、動きもほんのちょっと踊りがある方もいらっしゃるくらいでただただ舞台上に座っているだけという印象です。なので、初舞台の国生君、宗生君、お父様の前名を襲名した児太郎のかわいらしい踊りと白拍子花子こと芝翫丈の舞を堪能する為の演目だと思ってください。

 私は日本舞踊のことなどが良く分からないのでどういう動きがどのように素晴らしいかなどは良く分かりませんが、芝翫丈の舞は全体的にキリッとした印象でした。艶やかだったり初々しい娘の恋心を手踊りで表現したり切ない女心を表現したりする舞なので、もっとなよなよしたやわらかな印象の踊りを想像していたのですが、常に芯の強さを感じさせるような可愛らしいけれど変にくどくないさっぱりとした白拍子でした。途中、口上でたくさんの所化が並んでいる最前列に勘九郎丈、福助丈、橋之助丈、児太郎君、国生君、宗生君が並び、それぞれが初舞台、襲名のご挨拶をなさいました。

 ご子息達の可愛らしさに客席が一気に和やかな雰囲気になり、ご子息達のそれぞれの自分の名前と「よろしくお願い致します。」というご挨拶に大拍手が起こりました。笑ってしまったのが、橋之助丈です。常に宗生君の行動が気になるらしく、ちょっとでも動こうものなら目が宗生君に行ってしまい、自分の芝居どころではない雰囲気がありありと伝わってきます。口上の時なども、初舞台のお礼をおっしゃっていたのですが、途中二人の子供の事をあれこれと言っている間に「何を言っているんだか分けが分からなくなってきましたが…」と場内を大爆笑の渦に巻き込んでいらっしゃいました。それはそれは大量の汗が吹き出ていらっしゃるようでした(笑)

 初日の時は宗生君もほとんど動きが無く、口上の間もじっと座っていたのですが、先日幕見で観に行った時は一週間経っていたのでさすがに少し余裕が出来たのか飽きてきたのか(笑)、橋之助丈がご挨拶をなさっていらっしゃる間に上に着ている黒い衣装の裾をまくって遊ぶので、橋之助丈がご挨拶をなさりながら何度も手で止めるのですが、本人はにニッコニコしながら裾をまくって遊んでいるので場内は大爆笑でした。変化といえば、児太郎君も国生君も所化のセリフを覚えたようで、良く通る子供特有の声が大勢の所化の声に混じって聞こえてきて、場内のあちこちから(微笑ましいわという意味の)笑い声が上がっていました。

 初日も大入りだったと思うのですが、幕見で行った時は平日だったにもかかわらずものすごい人が並んでいました。私はそんなに並んでいるとは思わなかったので10分前に行ったのですが、あと十数段上れば4階の受付についてしまうぐらいの所まで人が並んでいました。しかも、私が並んだ後も20人近くの方々が並んだのです。当然座れないとは思っていましたが、その前に人数的に場内にも入れないのではないかと不安になりました。立ち見でしたが無事中に入るとそこは立つ場所も見つけるのが大変なくらい人で埋め尽くされていました。まるで團菊祭の時のような光景でかなり驚きました。後半にも観に行くつもりなのですが、もしかしてチケットが全然無いのではないかと少し不安です。

2000年 8月29日
 サンパール荒川巡業西コース成田屋巡業に行ってきました。今日は巡業の初日です。東京ではこの日しか公演がありません。前日まで行くかどうか迷っていました。5000円は私にとってはとてもイタイ出費となります。それでも、知り合いの方に「行こうよ行こうよ〜!」と言われてついフラフラ〜っと出かけてしまいました。意志の弱い私です(笑)そして、最近毎日各公演に出かけているのでちょっとヘロヘロです(苦笑)当日券だったにもかかわらず意外と真中に近い席を買う事が出来ました。さすがに成田屋贔屓の方々が多いらしく、年齢層も幅広い客層でした。

 最初は毛抜でした。話の内容としては、小野家の家宝の短冊が無くなっており、宝蔵の鍵を預かっている家老の奏民部が行方を探していた。家老の八剣玄藩こと片岡亀蔵丈の息子数馬こと市川新次丈と同じく家老の奏民部こと坂東秀調丈の弟秀太郎こと市川新之助丈が弓の稽古の話から口論となり、刀に手をかけるが腰元の巻絹こと中村芝雀丈が間に入り必死で止める。そこに玄藩と民部も入ってきて家宝をなくした民部の弟など切ってしまえとそそのかし、切腹してお詫びしろと口論となる。そこへ家の主小野春道こと市川團蔵丈が現れ、責任を感じている息子の春風こと市川右之助丈などその場にいた全員に切腹してもお上への言い訳にはならない、急いで短冊の行方を詮議するようにと申し付ける。

 そこへ小野家の姫錦の前こと中村京蔵丈と縁組がまとまっている豊秀の家臣粂寺弾正こと市川團十郎丈がやってくる。玄藩と民部が出迎え用件を聞くと、縁組がまとまったのに姫の病気を理由に輿入れが延期されているので具体的な病状を聞くためにやって来た、話だけでは分からないので直接姫に会いたいと申し出る。始めは渋っていたがハッキリと病状を見てもらった方が良いと玄藩に押し切られ錦の前姫が現れる。薄衣をかぶって悲しみに泣き崩れているばかりの姫に弾正は病状が分からなければ使者の役目が果たせないと困り果てていると、玄藩が姫の薄衣を取りのけた。すると姫の髪の毛がたちまち逆立ち、驚いた弾正はしばしその様子を見つめている。なんとも不思議な病だか鳴神上人のお守りを縫いこんだ薄衣をかぶっている時は病は起こらない。弾正はとにかく主の春道と面会したいと頼みその場に一人残る。

 弾正が病気の原因を考えていると秀太郎が煙草盆を持ってくる。美少年の秀太郎にあれこれと話し掛け、馬の稽古の説明に託けて戯れるが突き飛ばされ立ち去られてしまう。一人になった弾正は毛抜きを取り出し考え事をしながら髭を抜き始める。何気なく脇に置くと毛抜きはひとりでに踊りだす。何とも不思議だと考え込んでいると今度は巻絹がお茶を持って来る。先程と同じにあれこれと話し掛け、戯れるがこれもまた撥ね退けられてしまう。再び一人になった弾正は今度は煙菅を床に置くが煙菅は踊らない。次に脇差の小刀を置くと毛抜きと同じく踊りだす。その様子をじっと見て思案している。

 そこへ小原万兵衛こと片岡十蔵丈と名乗る男が乗り込んでくる。騒ぎを聞いて玄藩と民部が現れて問いただすと、腰元として奉公していた小磯の兄だ、春風に合わせろと騒ぐ。春風が現れ小磯の消息を尋ねると、春風の子を宿したが難産の末に死んだと言い涙を流し、おまえは人殺しだとわめき散らす。しかし、本心から悲しんでいる様子は無くどこか怪しい。民部が渡そうとした二百両の金には目もくれず、死んだ妹を帰せと無理難題を言う。様子を聞いていた弾正が間に入り、本当に妹を帰して欲しいと言うなら自分は閻魔大王と仲の良い友達だから手紙を渡すのでこれをもって地獄へ妹を迎えに行けと言う。当惑した万兵衛が逃げようとすると弾正は切り捨ててしまう。とがめる玄藩に向かい自分は小磯の本当の兄からの訴えで何者かが小磯を殺して春風の手紙と預かった大切な品(小野家の短冊)を奪った事を明らかにし、切り捨てた偽者の懐から小野家の短冊が出て来る。

 短冊を民部に渡し、奥から出てきた春道と錦の前姫と共に家宝が戻ったことを喜ぶ。そして姫の病気も治して見せるといい、姫の薄衣を取り除け髪の毛から櫛笄(クシコウガイ)を抜く。すると姫の毛は逆立たなくなる。病気が治ったとはまだ言い切れないと言っている玄藩の目の前で槍で天井をつつくと曲者が磁石を抱えて落ちてくる。毛抜きと小刀が踊る事から髪の毛を逆立たせ奇病と言い立てて縁組を解消しようとした企みを暴く。すると突然玄藩が曲者を切り捨ててしまう。なぜ何も聞かずに切り捨てるのだと問われても曲者を成敗しただけだと誤魔化す玄藩。春道は婿の引き物として名刀を弾正に手渡す。すると弾正は悪巧みの張本人玄藩を切りつけ、祝言のお祝いだと悠々と屋敷を後にするのであった。

 話は単純ですが見どころいっぱいの演目でした。芝雀丈は腰元のお役を華奢でかわいらしく演じていらっしゃいました。玄藩こと亀蔵丈は悪役をいかにも悪者という感じで演じていらっしゃいました。眉もハの字になって口もへの字になってどんなセリフも憎々しげにおっしゃるので誰がどう見たって良い人には見えません(笑)反対に民部こと秀調丈は忠臣なので落ち着きのあるセリフの少ない役どころを上品に演じていらっしゃいました。錦の前姫こと京蔵丈は自分の身を嘆いている姫を弱々しくいかにも箱入り娘がなす術も無いという感じで演じていらっしゃいました。春道こと團蔵丈はお殿様をどっしりとした感じで大らかに演じていらっしゃいました。春風こと右之助丈はお殿様の息子を上品に、武芸よりも風流を好むといった感じで演じていらっしゃいました。

 万兵衛実は曲者こと十蔵丈はいかにも人に頼まれてやってますというような悪党だけど勢いしかなくて虎の衣を借る狐という弱っちぃ感じで演じていらっしゃいました。新之助丈は全体的に凛々しく演じていらっしゃったのですが、弾正に手を取り馬の乗り方を説明されている時のいやそうな顔などは普段絶対に見られない演技だと思いました(笑)弾正こと團十郎丈は色気もあって大きいなと思いました。体がとか演技がというのもあるのですが、身体から発せられるオーラがブワ〜ッと舞台上に広がるような感じがしました。しかし、自分の息子相手に色のある演技をするというのはいったいどういう気分なのでしょうね。背中から抱きつくような感じで新之助丈の手を取る所なんかは見ているこっちがゾワゾワ〜っとしてしまいました(笑)

 そしてお目見え口上があり、芝雀丈、十蔵丈、秀調丈、團十郎丈、新之助丈、右之助丈、亀蔵丈、團蔵丈が並び、各々の役名とがんばりますということばと、團十郎丈がサンパールでは三度目の公演になること、初日からかくも賑々しく…とお礼の言葉を述べられて終わりました。

 最後に道行旅路の花聟−落人ーでした。これは芝雀丈と新之助丈がほとんどセリフも無く舞踊で心中を表現する演目です。早野勘平こと新之助丈は腰元のお軽こと芝雀丈と逢引をしている間に主君の刀傷という大事があり、城中に入ることが出来なかった。責任を感じ切腹しようとするがお軽にとどめられ、ひとまずその場を落ち延びたのだった。人目を忍ぶ為夜の間に道を急ぎ、お軽の両親のいる山城へ向かっている。お軽は恋人との初めての旅路でウキウキとしているが勘平の気持ちは逆に沈むばかり。主君の大事の時に逢引をしていたという不忠の罪を悔やんでも悔やみきれないでいた。やはり切腹しようとする勘平をお軽は必死で止め、勘平が死ねば自分も生きていられない、こうなったのも自分から起こった事ととにかく自らの故郷に行くように説得する。女房となって甲斐甲斐しく夫の為につくそうというお軽の切々とした訴えを聞いた勘平も思い直し、二人で落ち延びていこうと身ごしらえをする。そこへお軽へ横恋慕をしている鷺坂伴内こと右之助丈が家来を率いてやってくるが、勘平にあっという間に打ち負かされる。刺し殺そうとするのを殺してしまうと主家へのお詫びの邪魔になるとお軽に忠告され、思いとどまって放してやる。ほうほうの体で伴内が逃げていく頃にはもう明け方になっていた。お軽の手を引くと、勘平は主家の行く末を案じながら道を急ぐのであった。

 この演目では、機嫌良くウキウキした芝雀丈の動きや表情と、沈んで悩み悔いている新之助丈の表情が対照的でした。芝雀丈は恋人の役をかわいらしく、ちょっと子供っぽさが残るような愛嬌のある女性として軽やかに演じていらっしゃいました。新之助丈は悩んでいるし、悔いてもいる。どうしたらよいのか迷いに迷っている苦悩の過去を切腹という形で詫びようとするも目の前にいる恋人の必死の姿に思いとどまり、迷いが残るも生き延びる決心をするという複雑な心境を表情豊に演じていらっしゃいました。寂しげな表情が愁いを帯びていて色気があったと思います。それよりも気になったのが大量の汗!!初日という事もあったのかも知れませんが、黒い衣装に白い汗がポタポタ落ちて、最初気がつかなくてなんで不自然にあちこち白くなっているのだろうと思っていました。そうしら双眼鏡で見ていた調度その時、新之助丈のほほからポタリと汗が落ちる瞬間を見てしまいました。大変なんだなぁと思ってみていると、上の黒い衣装を肩から脱いで踊り始めました。するとすでに下の赤い衣装は肩から背中にかけて衣装の半分くらい汗で色が変わっていました。まさに汗だくの演技でした。

 できれば夜の公演も見たかったのですが私の財力ではとてもムリだったので諦めて帰りました(苦笑)もっと安い席があれば良かったのにとは思いましたが、そのうち歌舞伎座でもこの演目を公演されるはずなのでまたそのときを楽しみに待っていようと思います。成田屋夫人もお見かけしましたが今日はお着物ではなくクリーム色のパンツスーツでした。洋服もとても素敵です。結構なお年のおばあちゃまがご挨拶をされていらっしゃったのできっと十一代目の時からのご贔屓だったりするのでしょうね。客席も成田屋を見たいと駆けつけたご贔屓筋が集まったという雰囲気でいつもの歌舞伎座の大向こうなどとは少し違う独特の盛り上がりでした。しつこいようですが(笑)やっぱりもう少し安い席があればもう一度見たかったです!!